想念は全く衰へたれば、農工商の實業、理化動植の諸科が各單獨孤立して相關せざるは勿論、有形の人を統一すべき政法、無形の人を統一すべき宗教を講ずる者に在ても、その職を以て全社會を經緯するの任とせず、その言ふ所自ら守りて相犯さざるを之れ主とし、政教分離といひ、三權鼎立といふが若き極端に走るに至れり、四五百年來、今代に通じて社會人心を支配するの大勢力なる者は、實に此の分裂の現象なり。
天運は果して循環するか、今の一致や昔の一致の若きを得べからずと雖も、分裂の形勢が、看々將さに終らんとするは、一致の形勢が將さに來らんとするの徴にあらずして何ぞや。歐洲諸國は封疆の戒嚴昔に加ふるあり、國家主義の流行は寧ろ分裂の形勢を催進するが若しと雖も、是れ實は大に統一せんとするが爲の準備たるに疑なし。春秋の七雄に合して、更に秦に併呑せらるゝが若く、兼并の極は一に歸して已まんには、今日歐洲諸國が其内は歐陸に於て、外は亞細亞、亞弗利加等に於て、相競て兼并大を致す者、必ずや更に大の大なる者を來す階梯たらずといふを得ず、力に合せんか、露は現に列國の深患大敵とする所にあらずや、財に合せんか、支那人、アングロサクソン人の利に趨る、現に坤輿の精液を吸涸せんとするの概あるにあらずや。加ふるに交通の便益々開けて、大勢は遂に東西の隔離を繋紐して、大塊の面を擧て一團と爲さんとするを見る、天運それ果して循環するなり。是に於てか知る、その爭奪の勝敗に決すると、推攘の並存に歸するとを論ぜず、宗教の統一も、亦竟に今後の必至ならざるを得ず、その教義の各殊なる者は、長短相融合して竟に一味に落ちざるを得ざるを、啻に基督教の各派に於て然るのみならず、東西の一致は、實に佛教其他の諸宗教に於ける關係も亦復同一ならざるを得ざらしむ。
東洋古學の研究は、既に諸種の宗教が、其の初め亞細亞中央の高原に於ける拜天教の分派せる者たることを發見せしめて、探蹟の一路より統一の緒を發し、教理の研精、人類理想の歸趨は、探理一路より同一の傾嚮を取ること、既に徴あるの形勢たり。商工の分業が單獨孤立に止まらずして、經濟界一脈の經路は、相繋聯し、相資助せざるを得ざらしむること、今日既に朕兆の認むべきあり、而して諸科の學術が個々に分離せずして、系統的に相係屬せしむべきこと、獨逸哲學者が巧妙の論法に組織せられ、進化論の世に行はれし以來、益々その根基を鞏固にするの傾嚮あり。進化論は一方に於て、人類中心の舊信仰を根柢より破壞し盡し、餘勢の及ぶ所、往古の一致思想を破壞せしこと勝げて數ふべからず、實に一面に於ては、分裂時代思想の後勁たるの觀あれども、他の一面に於ては、反てかの分裂時代の氣運に薫熟せられし個々單立の各科學をして、一致時代に入るの準備を爲さしめし者たり。種類起原の説は、個々の模型より鑄出されしと信ぜられたる動植の各種族を一鏈繋せるのみならずして、更に動と植とを一鏈繋し、動植と鑛とを一鏈繋し、之を應用擴充する者は、此の一鏈繋法を以て、盡く宇宙の萬象を説明せんと試みたり。是れ進化論は實に學術に於て、分裂、一致兩時代の過渡を形成する效ある者と謂ふべし。其れ此の如く今後の氣運は、盡く思想一致の傾向あるものとすれば、その復た人心をして社會統合經緯の想念を發せしむべきや疑を容れず、三權鼎立、個人自由等の説は、既に故紙堆中に葬られ去らんとす、政教分離の妄見、亦尋で逝かん。天體の説明は星霧説ありて、個々中心の分立を統一し、進化説の發達は、漸やく各科學の統一を催し、統一の極、眞を求め、善を求め、美を求むるの念にして、皆歸一する所あり、東西境遇の阻絶より、殊別に養成せられたる偏局の氣風も、銷融和合し去らば、一致の大功或は此に完成することあらん。此の統一や、かの專制の統一にあらずして、個々獨尊の統一たり、枝を以て葉に統べ、幹を以て枝に統ぶるの統一にあらずして、帝釋天網、百千明珠、相照し相映して、融通無碍なるの統一たらん。人々個々自守るの思想は破壞せられて、經緯の想念、油然として生ずと雖も、物を以て己に係くるの僭越なる經緯たらずして、己と物と相係かる平等なる經緯たらん。平和の時は來らん、彼岸遠からじ。
今の形勢は洵に秦皇統一以前の支那の若く、羅馬一統以前の歐土の若く、その思想界は、亦董仲舒未だ出でざる、基督教が未だ羅馬國教たらざる時と匹似せり。則ち匹似せりと雖も、異なる所も亦多し、故に今後の形勢は必らずしも全く秦皇統一、羅馬統一以後の若くならず、今後の思想界は必らずしも全く儒教基督教大一統の世の若くならざるべし、是は則ち螺旋循環の必ず故路を經ざる所以、或者は進化變遷の路を環形と考へ、而して或者は以て直線進行と爲し、兩つながら一偏を執りて相通ぜざる所以なり。吾別に思想界中心變動の説あり、言頗繁に渉る、故に今の所論に在らず。
[#地から1字上げ](明
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
内藤 湖南 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング