あり。進化論は一方に於て、人類中心の舊信仰を根柢より破壞し盡し、餘勢の及ぶ所、往古の一致思想を破壞せしこと勝げて數ふべからず、實に一面に於ては、分裂時代思想の後勁たるの觀あれども、他の一面に於ては、反てかの分裂時代の氣運に薫熟せられし個々單立の各科學をして、一致時代に入るの準備を爲さしめし者たり。種類起原の説は、個々の模型より鑄出されしと信ぜられたる動植の各種族を一鏈繋せるのみならずして、更に動と植とを一鏈繋し、動植と鑛とを一鏈繋し、之を應用擴充する者は、此の一鏈繋法を以て、盡く宇宙の萬象を説明せんと試みたり。是れ進化論は實に學術に於て、分裂、一致兩時代の過渡を形成する效ある者と謂ふべし。其れ此の如く今後の氣運は、盡く思想一致の傾向あるものとすれば、その復た人心をして社會統合經緯の想念を發せしむべきや疑を容れず、三權鼎立、個人自由等の説は、既に故紙堆中に葬られ去らんとす、政教分離の妄見、亦尋で逝かん。天體の説明は星霧説ありて、個々中心の分立を統一し、進化説の發達は、漸やく各科學の統一を催し、統一の極、眞を求め、善を求め、美を求むるの念にして、皆歸一する所あり、東西境遇の阻絶より、殊別に養成せられたる偏局の氣風も、銷融和合し去らば、一致の大功或は此に完成することあらん。此の統一や、かの專制の統一にあらずして、個々獨尊の統一たり、枝を以て葉に統べ、幹を以て枝に統ぶるの統一にあらずして、帝釋天網、百千明珠、相照し相映して、融通無碍なるの統一たらん。人々個々自守るの思想は破壞せられて、經緯の想念、油然として生ずと雖も、物を以て己に係くるの僭越なる經緯たらずして、己と物と相係かる平等なる經緯たらん。平和の時は來らん、彼岸遠からじ。
今の形勢は洵に秦皇統一以前の支那の若く、羅馬一統以前の歐土の若く、その思想界は、亦董仲舒未だ出でざる、基督教が未だ羅馬國教たらざる時と匹似せり。則ち匹似せりと雖も、異なる所も亦多し、故に今後の形勢は必らずしも全く秦皇統一、羅馬統一以後の若くならず、今後の思想界は必らずしも全く儒教基督教大一統の世の若くならざるべし、是は則ち螺旋循環の必ず故路を經ざる所以、或者は進化變遷の路を環形と考へ、而して或者は以て直線進行と爲し、兩つながら一偏を執りて相通ぜざる所以なり。吾別に思想界中心變動の説あり、言頗繁に渉る、故に今の所論に在らず。
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