あらいばば》あが出るとか、こん[#「こん」に傍点]が引き込むとか云う云いつたえがそのままで受入られ、昼間通る弥之助の子供心をもおびえしめたものだが、今はそれがすっかり底を浚《さら》われて、深さもどこまでも平均され、両岸はコンクリートでつき固められ、全く人造掘割の平板な通水路にされてしまっている。この地方の河童と云うのも昔からどこの里にもありそうな御多聞にもれぬ伝説が残って居る、力自慢の或親爺が河童と薪の背負いくらべをしたとか、河童は人を川へ引きずり込んで肛門から手を差入れて臓腑を引き出して食ってしまうとか云う話を断えず聞かされていた、小豆洗婆あと云うのは堂崖《どうばけ》と云うのがあって、夜な夜なその川淵の暗い所でザックザックと小豆を洗い初めると云うので子供の時は夕方になるともうそのあたりは通れなかった。勇敢な男が正体をつき留め様としてそこへ行って見るとザックザックと云う音は足を進めるにつれて遠ざかって、とうとう音だけは絶えず聞えて居て、遂にその正体はつかむ事が出来ないでしまったと云う事だ。それを解釈するものは小豆洗婆あは即ち狸《たぬき》であって、あの小豆を洗う音は狸がその尻尾を水の中に
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