にした。
斯《か》くてある中、一方に於ていよいよ野良猫の元兇退治の時が来た。
或る寒い晩のこと、この野良猫が書庫に侵入している処を、それと知らずに弥之助が出入口を閉めきってしまった。退路を断たれた野良猫は周章|狼狽《ろうばい》逃げまわる、よし心得たりと弥之助は徐《おもむ》ろにそれをとっつかまえる手段を講じ、それから笊《ざる》を楯にステッキを獲物にこの野良猫を相手に大格闘が始まるのである。相手は年功を経て野獣化したる家畜が絶体絶命の死物狂い、書庫と廊下と応接の間と寝室と食堂を追いつ換わしつ、その猛烈さ加減は確かに岩見重太郎の狒々《ひひ》退治以上の活劇であったが、さしもの猛獣も運の尽き、とうとう書斎の障子の細目の桟《さん》を半分くぐったが、後半が出ない、その後足を弥之助はむずと捕えたが、さて縛《しば》るべき何物も有り合さない。止むを得ず片手を以て自分の帯をほどいてその足をしかと柱へ結びつけて置いて、それから青年を呼んで処分にかかったが、障子にはさまれながら必死の狂暴ぶりには手の下し様がない。細引を持って来て遠廻しにゆわえて見たが恐しいもので麻の細引では幾本縛ってもがりがり噛み切ってしま
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