よ正銘の野良猫となってしまった日にはもう手が附けられない。これを追えば走り、これを捕えんとすれば隠れ、ほんの一寸《ちょっと》の隙をねらっては、ものすごい空巣をかせぐ、如何《いか》なる手段を以てしても如何なる誘惑を以てしても一たん野良となった猫はもう決して人にはなつかない。この植民地のあたりに人家とてはないのだが、何処かに隠れていて、夏中戸を開け放して一寸ゆだんして居るともう彼等の侵入によって必ず何等かの被害を受ける。お鉢のふたを開ける位は容易《たやす》い芸当で、戸棚、鼠入らずの戸まで開けて掠奪を逞しゅうする、そのうち、一匹の仔犬を飼うことによって、この野良猫の凶暴なる出没が幾分緩和されたが、やがて飼犬の飼料に対する野良の襲撃がはじまった、食と生との為に如何に家畜が凶暴化することよ、犬に当てがった食物を襲う時の猫の猛烈さは、仔犬が怖れを為して走るという珍現象を出現したのである。
この侵入者と掠奪者の為に農事の子供は、竹の吹矢をこしらえて隠れて吹きつけたが効を奏さない、陥穴をこしらえて見たがかからない、鰻釣針《うなぎつりばり》に餌をつけて、藪《やぶ》の中に仕掛けて置いて見たが、食物と針と
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