おいらんでは第一これをふかす薪からして違います、おいらんをふかす燃料の三分ノ一で立派にふけた上にこの通り味がよくてその上に腹持がいいです、おいらんを五本食べるところを、これなら二本で結構腹持が出来るというものです」
と力さんが云った、いいものは却って経済であると云う理法はたいていの場合に通用する。

       十七

 弥之助は先頃から理髪の自足自給を初めている。
 弥之助は生れつき毛深い方で眉毛《まゆげ》も鬢も濃く、従って髪の毛も黒く小供の時からいい毛だと云って、年頃の娘達にうらやましがられたものであるが、どうも天性|無精《ぶしょう》で今日迄髪を分けたという事がない、せいぜい五分刈ですましてしまう、その位だから理髪店へ行って時間をとられるのは何よりつらい。東京に居る時はいつも一番安い理髪店を求め歩いては刈らしたものであるが、それは節約の為のみでは無い、安い所は手っとり早く済ましてくれるという点が有難かったのだ。
 ところが植民地へ来てから青年がバリカンを使う事を心得て居たので早速バリカンを買い込んでこれに理髪を任せた。
 昔三十年も前に東京でこれをやって見た事がある、その時はバリ
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