それから屋根裏の寝室に行って寝台の上で読書にふけった。
今年の元日は比類なき好天気のうちに送り迎えをすませて早寝をした、門外へは一歩も出ないで一日を過した。
二日目は前の如く食事が済んでから、やはり色紙短冊に向って絵を描き出した。絵は有合せの書物や雑誌を題材にしたスケッチで寅年《とらどし》にちなんだ張子《はりこ》の虎の絵が多かった。中々よく出来たのもある。例の欠食猫をモデルにしてブザマ千万な猫を描き上げてそのかたわらに次の様な賛をした。
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家猫の虎ともならであけの春
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これは現状維持の鬱懐《うっかい》がふくまれて居る様である。もう少し積極的表現のものとして、
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家猫の虎とならんやあけの春
家猫の虎となるらんあけの春
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何か時代に対する諷詠がありと云えばある様だ。
そこへ塾に居るMと云う洋画家がやって来て一石やりましょうとの事だから直ちにそれに応じて碁盤《ごばん》を陽当りのよい縁側に持ち出させそこで悠々と碁をうち出した。暮のうちは百姓弥之助が少々うたれ気味であったが今日は六番戦って五
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