のたぐいをのぞいては、全部自分の農園で出来たものだと云う事が特長と云えば特長だろう。そこで、昨年度の弥之助の農園に於ける収穫を概算して見ると次の様な事になる。
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小麦   約十二俵
大麦   十俵
陸稲┌糯《もち》 六斗五升
  └粳《うるち》 五石[#括弧は底本では、二行を括る丸括弧]
馬鈴薯  約四百貫
玉蜀黍《とうもろこし》  三斗
西瓜《すいか》   八十箇
薩摩薯《さつまいも》  五百貫
茄子《なす》   若干
胡瓜《きゅうり》   若干
梅    四斗
茶    一貫目
牛蒡《ごぼう》   五十貫
生薑《しょうが》   五貫目
大根   若干
蕎麦《そば》   三斗
菊芋   若干
里芋┌八ツ頭 三俵
  └小芋 二俵[#括弧は底本では、二行を括る丸括弧]
木炭   五俵
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 右の外、莢豌豆《さやえんどう》、トマト、葱《ねぎ》、隠元豆、筍《たけのこ》、鶏卵、竹木、藁《わら》――等の若干がある。
 これに依って見ると、まだまだ中農までも行かない水呑程度の百姓だろう、収穫はこんなものだが、これに投じた新百姓としての固定資本や肥料、手間等の計算はここにしるさない事にする。この植民地には水田が無いから大麦と陸稲米を主食として居る、一昨日塾中に搗《つ》かせた餅もやはり全部陸稲の自家産である。これが終ってから百姓弥之助は燃え残りの榾火《ほたび》に木炭を加えて炉を直にこたつに引き直した、そうしてやぐらの上を直ちに机にしつらえて、それから元旦試筆というものにとりかかった。正月は思い切って字と画を書いてやろうと幾年ならず心がけては居たが中々果せない、今日の元旦こそはと思い切って筆墨紙の品しらべにかかった、硯《すずり》は使い古しの有合せのものを使い墨はこの暮に丸ビルで三円で買って来た香風墨と云うのをおろし筆は有合せの絵筆細筆で間に合せ、硯の水は塾生が早朝に汲み上げて呉れた井戸の若水を用い、それから棚に向って用紙の品しらべをやり出した。
 棚には十年も前からの頼まれものが、うず高くたまって居る。封を切らないのが大部分そのままにしてある、筆を揮《ふる》う事は興に乗じてやりさえすれば何の事はないのだが、とりかかる迄がおっくうで無精でついつい延び延びになってるうちに七八年位は経過してしまう、全唐紙の大物もあれば絹本もあるし半切もあれば扇
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