あ》るべきところへ在らしめるように働くのはおよそ人生の義務であるという建前から、いけ好かない野郎と同行の不快を忍んで、金かつぎの役目に廻った次第です。
ですから、途中、一言も利《き》きません。いけ好かない野郎が、しきりにおてんたらを言って御機嫌を取ろうとするのを、うるさいとばかり素気《そっけ》なく、一言も口を利いてやらないのであります。
いけ好かない野郎にしてもまた、このグロテスクの気象を先刻御承知だから、できるだけその御機嫌を取結んで、いけ好くようにしようとつとめるのだが、さっぱり利き目がありません。
「兄さん、団子を買ったが食わねえか、それともお饅頭《まんじゅう》の方がよけりぁ、お饅頭にしな」
と言って、日岡の峠茶屋で甘い物を振舞おうとしたが、米友は根っから受けつけません。
「食いたかねえよ、おいらは食いたけりゃ自分の銭を出して食うよ、お前に買ってもらって食うせきはねえ」
と、この時に米友がはじめて応答したぐらいのものです。かく応答するかと見ると、自分は汚ない巾着《きんちゃく》を出して、手早く鳥目を幾つか並べると共に、茶屋の大福餅を鷲掴《わしづか》みにして、むしゃむしゃと頬張りました。
そういうわけで、がんりき[#「がんりき」に傍点]もあきらめたのです。こいつは買収もできないし、懐柔も利かない。触らぬ神に祟《たた》り無しだと、神様扱いにして道のりを進め、粟田口から三条橋は渡らず、二条新地をずんずん北に取って、八瀬大原の方へと急ぎます。
十五
ほどなく、洛北岩倉村に着きは着いたが、さて賭場《とば》の在所《ありか》がわからない。
トバはドコだ、トバはドコだと聞いて廻るわけにはゆきません。なあに、広くもあらぬ山ふところの岩倉村だ、やがて嗅ぎつけてみせると、がんりき[#「がんりき」に傍点]はがんりき[#「がんりき」に傍点]の意地で、里人に物をたずねようともせず、そこここと嗅ぎ廻ったが、相当この道に鋭敏なはずのがんりき[#「がんりき」に傍点]の鼻が利かないのは不思議なほどです。
少々たずねあぐんだ時に、ふと小ぎれいな垣根越しに見ると、庭にうずくまって植木いじりをしている一人の老人を見かけました。
「モシ、お爺さん、ちょっと物をたずねたいんですがね」
と、がんりき[#「がんりき」に傍点]が猫撫声で問いかけると、垣根越しに、
「何だ!」
と言って、頭を上げた途端にこちらを睨《にら》んだ眼つきに、がんりき[#「がんりき」に傍点]が思わず慄《ふる》え上りました。
「これは飛んだ失礼――」
と、やみくもに頭を下げたのは、お爺さんなんぞと呼びかけてみたが、これはまだお爺さんというべきほどの年ではない、四十歳の前後でしょうが、その人相が、今まで見たことのないほどの異相を備えているということが、がんりき[#「がんりき」に傍点]をおびえさせたので、つまり威光に打たれたというような気合負けなのでした。見てみると、色が黒くて頭が人並|外《はず》れて大きい、そうして、その頭の結い方を見ると、武家にも町人にも見られない形。そうかといって、お公卿《くげ》さんのようでもあり、還俗《げんぞく》した出家のようでもあり、どうにもちょっと判断のつけようがない人柄ですが、その眼光の鋭いこと、人品におのずから人を圧する威力というようなものがあって、がんりき[#「がんりき」に傍点]の野郎などは一睨みで、危うくケシ飛んでしまいそうなところを危なく食いとめたが、食いとめてみると、「おどかしやがんない、やい」といったような反動で、こいつにひとつ、しつこく物をたずね返してやろうという気になったところが、がんりき[#「がんりき」に傍点]の意地です。そこで、
「ええ、少々ものをおたずね致したいんでございますが、この辺に中納言様のお屋敷てえのがございやしょうかねえ」
「中納言の邸《やしき》、知らん」
「その中納言様には用があるわけじゃございません、中納言のお邸で、何かお慰みが行われるそうでござんすが、それをひとつ御案内を願いたいものでござんす」
と猫撫声を逞《たくま》しうしたが、今度は手ごたえがありません。手ごたえの無いのは軽蔑してやがるんだ、癪《しゃく》なおやじめと、がんりき[#「がんりき」に傍点]はややかさにかかって、
「早い話が、そのお邸の中をお借り申して、関東関西のあんまりお固くねえ兄いたちが集まって、お慰みをやろうてえんでございますが、なんとお心当りはございますまいか」
「…………」
やっぱり、手ごたえが無い。そこで、がんりき[#「がんりき」に傍点]が意地になってなおも畳みかけて、
「ええ、手取早く申し上げちまえば、つまりその賭場が開けるんだそうで、そういう噂《うわさ》を、道中でふと承ったから、三下冥利《さんしたみょうり》にお尋ねしたようなわけ
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