ことだよ。誰も食いたくて食うわけではないが、そこだ、日頃の心がけというやつがそこにあるのだ。丹精して人間らしい作をつくり、それを丹念して囲穀《かこいこく》にして置くことだ。それが最上唯一の饑饉救済策というものだ。よくよく与八大明神の御託宣を聞いて置くがいいぞ。
 それから、若い者は天保の饑饉は知っているが、天明の饑饉時代を知る者は少なかろう、おれはそれを実地に見せられてよく知っているぞ。この村で食えなくなったものが、隊を成して次の村へと流れ込んだ、流れ込んでみたところで、次の村にだって、他村に食わす貯穀があるはずはない。そこで、流れ流れて毎日毎日、千人、二千人というものが、かたまって、飢死している、そうすると、先に飢えて死んだものの肉を、あとのが切り取って食ったものもあったぞ。食うや食わぬの境になると、人間が鬼になる浅ましさ、おれはこの眼でよく見て来たぞ。そのくらいだから、盗賊が横行する、いや、人間という人間がみんな盗賊になってしまう、浅ましいものじゃ。大名の米でさえも、警護が薄いと途中で飢えたる民が襲いかかって奪ってしまう、それだから、一台か二台の車に積んで運ぶ扶持米《ふちまい》でさえ、さむらい共が四五十人して守って引かせたものだ。村々町々でめぼしい家屋敷はブチこわしがはじまる、ブチこわされる方も、はじめのうちは辛抱していたが、今度はその方で組合を作って、竹槍を構えて待ちかけ、皆殺しにしてくれるという有様だから、全く、餓鬼道修羅地獄さ。食い物がなくなると、政治も奉行もあったものではないじゃ。
 だから、百姓は、平生丹精してよく作り、丹念してそれを貯えて置くことじゃ。近ごろ、節食節食と言って、なるべく少し食えということを言って歩く奴もあるが、わしらがようなものは、小食でもさしつかえないじゃ。わしらがような坊主とか、役人とか、学者とかいうやからは、そう大した体力の骨折り仕事というのはせんでも済むじゃから、そういうやからは、いわばお百姓様の食客《いそうろう》同様なものだから、なるべく遠慮して、少なく食ってもらいたい。ことにわしらがような坊主は、少々の間は、食わず飲まずでも平気でいられるくらいに慣らして置かなけりゃならぬじゃ。それで決して身体のさわりになるものじゃないのじゃ。一日一食で済まして、それで達者で長寿をした坊主もいくらもあるじゃ。東叡山寛永寺の天海和尚というのは、百三十三歳まで生きたが、これも一日一食じゃ。播州の書写山の性空上人《しょうくうしょうにん》というのが、これも一日一食で九十八まで生きたじゃ。真宗の親鸞上人《しんらんしょうにん》は九十まで生きたが、これも一日一食。伊勢の月僊和尚《げっせんおしょう》というのが八十九、鳥羽僧正が八十八、一休和尚が同年というようなわけで、こういう坊主は、いずれも一日一食同然の節食をして、それで達者で長寿をしたものだが、それは坊主だからできるので、やっぱりお百姓さんの居候であることには変りはない。お百姓というやつは、節食をしてはならない、節食をしては働けないから、うんと食うがよい。大きな口をあいて飯を食う権利のあるのは、百姓だけの役徳だと思うがいい。うんと食って、うんと働き、うんと生産をして、坊主をはじめ、役人だの、学者だの、この世の寄生虫に食わしてやってもらわなけりゃならぬ。饑饉の時は、今も言う通り、悪食《あくじき》をせず、その時は節食をして、一日にお粥《かゆ》一ぱいだけでも食って、静かに寝て体力を養っているがいい、死なない程度に生きているがいい、そのうちには凶年という年ばかりではないからな。
 こういうようなことを言って慢心和尚が、与八の勧誘に補足をして村人を説得しているところへ、一人の風来人がやって来ました。
 その風来人というのは、五十がらみ、小肥りに太った、笠をかぶって、もんぺを穿《は》いた旅の者らしい一人の男であります。
「わしは、武州|刎村《はねむら》というところの百姓弥之助と申しますが、諸国廻歴の途中、はからずもこのところへ立寄りまして、只今のお話を聞かせていただき、まことに結構に存じて、いたく共鳴を仕《つかまつ》りました。わしが諸国廻歴の目的も、只今の、お若衆さんと御出家さんのおっしゃったと同じ趣意の下に出発いたしたんでござりますが、なにぶん、徳が足りないものでござんすから、せっかくの志が通らず、わしが本心が通らぬのみか、到るところでばかにされて、どうもなりませぬ。ところで、只今のお話を伺ってみますと、世間にはまだ同じ志の者がある、捨てたものではない、と頼もしさ限りがございません。まあお笑い下さい、わしどもはこういう帳面を拵《こしら》えて諸国廻歴を致しております」
と言って、腰にブラ下げていた一冊の部厚の帳簿を解いて、慢心和尚と与八の前へ差出しましたから、
「それはそれは
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