に傍点]をへ[#「へ」に傍点]としたり、京言葉を遣《つか》わせないところが、新座敷の身上かも知れぬ。

         二十一

「九重の太夫さんが、自害をなされたお話、それとあの――芹沢《せりざわ》の隊長さんが殺された、あの前の晩の話――」
 一人の可愛ゆい舞妓《まいこ》が、振袖の脇の下から手を出して合掌しながら語り出したので、一座がしんと引締った時、村正のおじさんが、得たりと、床の間に幾つも置き並べられた手提げの花籠に目をくれながら、
「さあ、怖い話の皮切りが出たな、すると、花籠を持って行くのは誰?」
「いや!」
 子供の残された全部が否認を唱える。
「いやとは言わせぬよ、さあ、この籤をお引きなさい、短いのを引当てた人から順、いちばん長いのを引いた人がいちばん最後、中途で逃げた人はあとでお叱言《こごと》を言う、首尾よくやり遂げた人には御褒美、そうだなあ、まずその御褒美から先にきめて置こう、こうと、一等賞にはこの村正の刀――」
「そんなお腰の物なんていらないわ、女が大小をいただいたってなんにもならないわ」
「では、第一等に懸賞金五両――では安いかな、よし、拾両」
と言って、幾ひらかの黄金のまぶしいのを白い紙にのせて、そこへ置くと、これにはさすがに誘惑の色が動いてくる。まことに綺羅《きら》を飾って栄耀《えいよう》の真似《まね》はしているけれども、これらの子女、いずれも好きこのんでこの里へ来ているものはない。ここに今、村正のおじさんが並べた山吹色のものに欠乏を感じたればこそ、親や兄妹に成り代って、この里に流動して来ている者共である。拾片《とひら》の黄金の貴重なる所以《ゆえん》を知らぬ者とてはない。誘惑の色が動いたのを見て、村正のおじさんは透かさず、
「第二等賞には、金緞子《きんどんす》の帯――第三等には友禅の襦袢《じゅばん》」
 いずれをいずれとしても、彼等の誘惑の好餌ならぬものはない。でも、さすがに、御褒美に目がくらんで、手のうらを返すように主張を翻したとあっては、この里の名折れ、女の意地の恥とでもいったようなみえがあってか、頓《とみ》には言い出でないが、形勢たしかに動いたりと見て、
「さあ、籤《くじ》をお引き、島原の舞子《こども》ともあろうものが、この期《ご》に及んで、お化けにうしろを見せてはどむならん」
「では、あなたお先に」
「いいえ、あなたから」
「あたし
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