に乱れるのじゃないかと、ひそかに憂えてみる次第なのですが、どんなものでございますか……」
これは天下の形勢を見立てるので、閑談としては桁《けた》が大き過ぎるけれども、この時代は、ちょっと心ある人は誰も、天下の風雲を気にしないものは一人もありませんでした。朝廷と幕府との間がどうなるかという心配と、日本と外国との関係がどうなるかという心配と、この二つのものは、日本の国民全体にぴんと迫り来るところの切実な課題として、退引《のっぴき》はできませんから、寄るとさわるとこれが行末と、これからその結着ということに座談が落ちて行かないということはありません。
「一度は大いに乱れて、それからどうなります、乱れっきりで応仁の乱のようになりますか、それとも早く治まって……」
とお銀様は、関守氏の答案に追究を試みてみました。
「左様、いったんは大いに乱れて、それから後がどうなりますか、そこにまた深い観察が必要になって参りますな、仮に王幕相闘うこと、鎌倉以来の朝家と武家との間柄のような状態に立ちいたりましても、それからどうなりますか、容易に予断を許しません、勤王の方は、西南の雄藩が支持しておりまして、これが関ヶ原以来の鬱憤を兼ね、その潜勢力は容易なものではありません、幕府の方は、なにしろ二百数十年の天下でも、人心が萎《な》え、屋台骨が傾いておりますから、気勢に於て、すでに西南に圧倒されて、あとは朽木《くちき》を押すばかりとなっているとは申しますが、関東だからと申しましたとて、なにしろ武力の権を一手に握り、家康が選定した江戸の城に根を構え、譜代《ふだい》外様《とざま》の掩護《えんご》のほかに、八万騎の直参を持っているのですから、そう一朝一夕に倒れるというわけにはいきますまいから、当分は大いに乱れて、両方の勢力互角――つまり、日本が東西にわかれて長期戦になる、昔の南北朝を方角を換えて規模を大きくしたようなことになりはしないか、識者は多くはそう観察して、その成行きを最も怖れているのですが、全国の大小名も、今のうち早く向背をきめて置かぬと後日の難となる、そういうわけで、旗印を塗りかえているのもあれば、ボカしているのもある、そこで旗色の色別けはほぼわかって来ているようですが、どのみち、一度は大いに乱れて日本が二大勢力の争いの巷《ちまた》となる、こう覚悟をしていなければ嘘でしょう」
と関守氏は能弁に語
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