のだと、ここではじめて感心しなければならぬ」
 これに引比べて、おれは親の愛情というものを知らない。父が早く世を去ってしまった。今日の、このうだつの上らない、骨までやくざ者と化したのは、一にこの父親の愛情が恵まれなかったからだ――
 ということを、神尾主膳がそぞろ心に思い起して来ると、世間の親の有難さということに目頭《めがしら》が熱くなってくる。そうして、人生のいかなる不幸も、親の愛を知らないほどの不幸はなく、人生のいかなる幸福も、親の愛を受けるの幸福にまされるものはない、ということを、神尾主膳が心魂に徹して思い出してきました。
 不思議にも熱くなった目頭から、うるおってくる瞳で、なお巻を読み進めて行く。
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「親類ノ牧野長門守ガ山田奉行ヨリ長崎奉行ニ転役シタガ、ソノ月、水心子秀世ガ云イ人デ、虎ノ門外桜田町ノ尾張屋亀吉トイウ安芸ノ小差ガ、牧野ノ小差ニナリタガッテ、オレニ頼ンダ故、世話ヲシテヤロウト云ッタラ、金ヲ五十両持ッテ来テ、是デ牧野様ガ御好ミノ物ヲ買ッテ上ゲテクレロト云ウカラ、イロイロ牧野ノ息子ヘ品物ヲヤッタガ、一日オソクテ外ノ者ガナッタカラ、尾張屋ハ鼻ガアイタ故、気ノ毒ダカラ、残リノ金ヲバ返スト言ッタラ、ソレハ水金デゴザリマスカラ御遣イナサレマセトテ三十両バカリ呉レタトコロ、ソノ後ニ久セ[#「久セ」に傍点]ガナッタ故、世話ヲシテヤロウトオモッテ呼ビニヤッタラ、亀吉ハ疾《と》ウニ死ンダトイウカラ、ソレキリニシタッケ」
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 千三屋《せんみつや》どの、今度は慶安《けいあん》をかせぎ出したな、よく小まめに働くことだ――
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「地主ノ当主ガドウラク者デ或時、揚代《あげだい》ガ十七両タマッテ、吉原ノ茶屋ガ願ウト云イオッテ困ッタガ、フダンカラ誰モ世話ヲシナイ故、オレニ頼ンダ、オレハ昨今ノコトダカラ知ラズ、金ヲ工面《くめん》シテ済マシテヤッタガ、ソノ後モ五両ニ壱分ノ利ヲ七十両借リテ女郎ヲ受ケタガ、皆済目録トカヲ代リニヤッタトテ、用人ヤ知行ノ者ガ困ッテイル故ニ、又オレニ頼ンダカラ、諸方ノ道具屋ヨリ来テイタ大小ヤラ、道具ヤラ、イロイロコンタンヲシテ取返シテヤッタガ、イチエンソレヲ返サヌカラ、オレガ困ッテ、諸方ヘ段々ト返シタガ、ソレカラ万事、金ノ融通ガ悪クナッテ困ッタ、ソレニツキ合イガハルカラ大迷惑ヲシタ、ソノ当分ハイ
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