たが、商売気がないから、みんな質流れか、或いは二束三文。あれをもとに道具屋開業――なぜあの時それだけの知恵が出なかったか。トニカク勝のおやじめ、商売の筋を覚えたとなると、もう占めたものだ。が、商売というやつは儲かることばかりあるんじゃない、いつまでこの手で兵糧がつづくかな。待てよ、そこで、商売どころではない、あいつの身に重大な不幸が起ったらしいぞ。
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「男谷ノ親父ガ死ンダカラ、ガッカリトシテ、何モイヤニナッタ」
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親父が死んだそうな。死んだ親父もこいつのためにはどのくらい苦労をしたか、死んで、悴《せがれ》の方ではガッカリシタの一句で片づけているが、相当に無常を感じたことは、何モイヤニナッタの自暴《やけ》半分の言葉つきでもわかる。何の病気で、どうして親父が急死したか。
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「シカモ卒中風トカデ一日ノウチニ死ンダカラ、ソノ時ハオレハ真崎イナリヘ出稽古ヲシテヤリニ行ッテイタカラ、ウチノ小侍ガ迎イニ来タカラ、一散ニカケテ親父ノトコロヘ行ッタガ、最早コトガ切レタ、ソレカライロイロ世話ヲシテ翌日帰ッタ、毎日ソノ事ニカカッテ居タ、息子ガ五ツノ時ダ、ソレカラ忌命ガ明イタカラ又々カセイダ」
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親父の死んだ時、自分の倅が五歳になっていた。この五歳になっていた倅が、今時評判になっている勝麟《かつりん》なのだ。さ、いつごろ安房守《あわのかみ》に叙爵したっけかな――トニカク、鳶《とび》が鷹《たか》を産んだのか、いや、この親にしてこの子ありか、人間の万事はわからぬものだ、と神尾が思いました。
六十三
さあ、今までの不良が、多少とも改心をして、これから面《かお》が少し広くなり出すと、感心に道具屋を始めてアウタルキーを志したのはいいが、士族の道具屋が、いつまで続くものかなあ――と神尾が甘酸《あまず》っぱい面をしながら読んで行く。
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「コノ年十月、本所猿江ニ、摩利支天《まりしてん》ノ神主ニ吉田兵庫トイウ者ガアッタガ、友達ガ大勢コノ弟子ニナッテ神道ヲシタ、オレニモ弟子ニナレトイウカラ、行ッテ心易《こころやす》クナッタラ、兵庫ガイウニハ、勝様ハ世間ヲ広クナサルカラ、私ノ社《やしろ》ヘ、亥《い》ノ日講《ひこう》トイウノヲ拵《こしら》エテ下サイマセ、ト頼ンダカラ、一カ月
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