だけの内容を備えていることは事実で、そうして読み進む文面を、順を逐《お》って複写してみると、あれからの勝のおやじの自叙伝が次のようになっている。
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「ソレカラ、ダンダン行ッテ、大井川ガ九十六文川ニナッタカラ、問屋ヘ寄ッテ、水戸ノ急ギノ御用ダカラ、早ク通セト云ッタラ、早々人足ガ出テ、大切ダ、播磨様ダトヌカシテ、一人前払ッテオレハ蓮台《れんだい》デ越シ、荷物ハ人足ガ越シタガ、水上ニ四人並ンデ、水ヲヨケテ通シタガ、心持ガヨカッタ」
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勝麟太郎の親父――小吉ともいえば、左衛門太郎ともいう馬鹿者が、子供の時分から、箸《はし》にも棒にもかからない代物《しろもの》で、喧嘩をする、道楽をする、出奔をする、勘当を受ける、それもこれも、一度や二度のことではない。そのたわけ物語の書出しに、
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「オレホドノ馬鹿ナ者ハ世ノ中ニモアンマリ有ルマイト思ウ故《ゆえ》ニ、孫ヤ彦ノタメニ話シテ聞カセルガ、ヨク不法モノ、馬鹿モノノイマシメニ話シテ聞カセルガイイゼ」
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と言っている通り、馬鹿も度外れの馬鹿になっている。しかし家は剣道で名うての男谷《おたに》の家、兄は日本一の男谷下総守信友であって、それに追従する腕を持っていたのだから、始末が悪い。
最初の出奔は十四の時。乞食同様ではない、乞食そのものになりきって、海道筋をほうつき歩き、やっと江戸のわが家へのたりついたが、十九の年にまたぞろ出奔して、今度は前と違い、
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「オレガ思ウニハ、コレカラハ、日本国ヲ歩イテ、何ゾアッタラ切死ヲシヨウト覚悟デ出タカラ、何モコワイコトハ無カッタ」
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と、剣術道具を荷《にな》い、腹を据《す》えて出て来て、宿役人を愚弄《ぐろう》する、お関所を狼狽《ろうばい》させる、大手を振って東海道をのして来て、水戸の播磨守の家来だと言って、大井川にかかるところまで読んで来たので、これからがその読みつぎになるのです。
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「ソレカラ遠州ノ掛川ノ宿ヘ行ッタガ、昔、帯刀《たてわき》ヲ世話ヲシタコトヲ思イ出シタカラ、問屋ヘ行ッテ、雨ノ森ノ神主中村|斎宮《いつき》マデ、水戸ノ御祈願ノコトデ行クカラ駕籠《かご》ヲ出セトイウト、直グニ駕籠ヲ出シテクレタカラ、乗ッテ、森ノ町トイウ秋葉街道ノ宿ヘ行ッ
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