また、何とも言えない感情に震動させられながら、いったん福井の城下まで帰って来たのです。福井の町にこれ以上とどまるべき因縁は解消してしまったようなものの、このまま見捨てるには忍びないものがある。人情の上とは別に、ここも北国名代の城下であり、いや、自分の尋ねる敵の手がかりが、どこにどう偶然を待っているか知れたものではないというようなおもわくもあって、ともかくも市内の要所を一めぐりして、その足で鯖江《さばえ》から敦賀《つるが》――江州へ出て京都へ上るという段取りに心をきめました。
道の順から福井の名所の第一は、もとの北の庄の城跡、織田氏の宿将柴田勝家がこれに拠《よ》って、ここで亡びたところ、その名残りのあとを見ると、神社があって、城郭の一片と、その時の工事の鉄鎖などがある。この庄の落城物語を歴史で読むと、巍々《ぎぎ》たる丘山の上にでもあるかと思えば、これは九頭竜川《くずりゅうがわ》の岸に構えられたる平城《ひらじろ》。昔は壮観であったに相違ないと思うが、今は見る影もない。それに引換えて、三十二万石福井の城がめざましい。転じて足羽山にのぼって見ると、展望がカラリと開けました。上に池があって「天魔ヶ池」と記された立札を見て、その名を異様に感じてその傍《かた》えを見ると、ここへ秀吉が床几《しょうぎ》を据えて軍勢を指揮したところだと立札に書いてあって、その次に一詩が楽書《らくがき》してある。
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猿郎出世是天魔(猿郎世に出づ是れ天魔)
一代雄風冠大倭(一代の雄風、大倭に冠たり)
可惜柴亡豊亦滅(惜しむべし柴亡び豊また滅びぬ)
荒池水涸緑莎多(荒池、水|涸《か》れて緑莎のみ多し)
[#地から2字上げ]清人 王治本
[#ここで字下げ終わり]
これを作ったのは支那人だな、詩はあんまり上手とも思われないが、支那人らしい詠み方だ――
と思うと、その昔、秀吉がこの北の庄の城を攻め落し、柴田勝家が天主へ火をかけて一族自殺し終った、それを秀吉が高台から見下ろして豪快がったという悲壮な物語は太閤記で読んだが、なるほど、地理を目《ま》のあたり見ると、この地点がまさにそれだ。ここだというと、先刻見て来た北の庄の城あとが眼下に見える。この裏山をすでに占領されて、ここから敵に見下ろされるようになってはおしまいである。
天主に火のあがるをながめて、秀吉が、もうそれでよし、勝家の亡
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