くれましたね」
「いけませんの――思い直しは叶《かな》いませんの、では、あきらめます、いまさら、そういう未練は申し上げられないはずでしたのね、今晩一ばんだけの御縁――」
 あきらめられたり、あきらめ兼ねたり――女は三百両の大金の上へ、どっかりと身をくねらせて、やけ半分のような気持で、煙管《きせる》の雁首《がんくび》で煙草盆を引っかけて引寄せ、
「宇津木さん、あなたという人は、女の情合いは知ってらっしゃるが、女の意地というものがわかりませんのねえ」
「一通りはわかっているよ」
 兵馬も、自分が純粋無垢の青年だと誇るわけにはゆかない。その昔は江戸での色町で、相当な疚《やま》しい思い出がないとは言えないから、いささか恐れていると、女が、
「では、ほんの一くさり、わたしの身の上話を聞いて頂戴な、わたしののろけ[#「のろけ」に傍点]を受けて見て頂戴、今晩のは真剣よ」
 女は、もうまさしく畜生谷のほとり近い女にかえっている。兵馬はそれに怖れを感じ出しました。女はいよいよ自暴《やけ》気分に煙草を吹かしながら、
「身の上話なんて野暮《やぼ》なくりごとをやめましょう、未来のことを話しましょうね。それにしてもあたし、福松て名はドコへ行っても変えないことよ、それは、あなたにわかり易《やす》いために、何家の福松っておたずねになれば、すぐにドコのドの小路《こうじ》にいるということが、すぐにわかるように、福松って名はいつまでも変えないわ。屋号は前の株で何となるかわからないけれど、新しく自前《じまえ》になれたら、何とつけましょうねえ、そうそう、『宇津《うつ》の家《や》』とつけましょう、それがいいわ、宇津と御本名をそのままいただいては恐れが多いから、かな[#「かな」に傍点]でねえ、かな[#「かな」に傍点]で『うつの家の福松』といいでしょう、こんど福井へおいでになったら、何を置いても、『うつの家の福松』をたずねておいでなさい。こんどというこんどがいつになるでしょう、一月ぐらい待ちましょう、金沢へなり、京都へなり、おいでになったお帰りを待っています――うつの家の福松の御神燈を忘れちゃイヤよ。それからねえ、いつまでも看板を揚げて、御神燈の下ばかり明るくしても仕方がない、そのうちに足を洗いますよ、せいぜいここ一二年がところ稼《かせ》いで、それからあなたのおっしゃる通り、このあわら[#「あわら」に傍点]の温
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