ます。
「それは、いただきません、これはわたしのものではございません」
 そこで、問題の三百両の大金を前にして、二人の間に辞譲の押問答がはじまりました。
 兵馬は、これはたしかに福松への授かり物で、本来は、代官の胡見沢《くるみざわ》が百姓をしぼって淫婦お蘭に入れ揚げた金だから、それが偶然の機会で福松の手に落ちたのは、すなわち授かり物であって、お金のためから言っても、淫婦の手に渡って湯水のように使われるよりは、福松の手に使われた方が有利にもなり、人助けにもなる、ほかへはドコへ持って行き場のない金、つまり天の与うる物を取らざれば、わざわいその身に及ぶというようなことを説いて――それは寧《むし》ろ福松の最初からの口伝《くでん》のようなものですけれども、それを繰返して述べて、福松に渡そうとすると、福松がそれを押し返して、なるほど、それはそうに違いないでしょう、わたしとしても、自分が汗水で儲《もう》けた金とは思わないけれども、それにしても馬鹿正直に届ける必要のないお金、もとへ返す便りもないし、もとへ返すよりは、こちらで有効につかった方が、身のためにも、人のためにもなるというもの。そこに義理を立てるつもりはないと思って、いっそ、この金のある限り、二人で旅をしてみたいなんぞと仇《あだ》し心が出ないことはなかったが、今のわたしの身になってみると、もう、そんなお金はいらない、身の振り方がきまってみると、あとはお財《たから》は腕から出て来る、そこは憚《はばか》りながら芸が身を助ける自分の力、これから先に大金は用があって要がない。
 それに比べると、あなたはこれから、やっぱり旅。いくら有っても邪魔にならないのは、お財というもの、これはあなたがお使いなさるが当然のお駄賃。
 心から福松は、そういう観念で、兵馬にまた三百両の大金を押し返し、押しすすめましたけれども、それを、そうかと言って、翻って受け納める兵馬ではありません。
 なるほど、一応それは聞えるけれども、拙者は男子一匹、天涯一剣の身、路用があればあるで心強いには相違ないが、なかったところで、相当助力の友は到るところにあって、更に窮屈というものはない、それよりも、身が定まった、定まったというけれど、とにかく、知らない土地へ来ての一本立ちは、見込み以上に物がいる、まして、相当の顔に立てられれば立てられるように、株の手前もあり、附合いの入
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