よさに敬服する、南条の頭がいいのではない、自分の頭が鈍に過ぎるのだ、と申しわけたらたらで、勧告された通り、逐条列挙に思考を換え、
「まず、今の天下が落着くべき筋道としては――例を挙げてみるのだよ、そこに落着くのが正しいとか、そこに落着きそうだとかいうの判定ではないよ、例を幾つも挙げてみるんだから、これが拙者の希望であり、意見であるように取られては困るよ」
「そんな申しわけはせんでもいい、早く第一条を言い給え」
「まず、今まで通り徳川の天下に安定するというのが最初の筋道として」
「次は」
「幕府が政権を朝廷に返し奉る、王政復古の筋道」
「次は」
「王政復古が成らずして、畏《かしこ》くも建武の古例を繰返すような事態が到来したとして、いや、そうでなくとも、徳川幕府につづく第二第三の幕府が出来るとして見ると」
「徳川幕府以外の幕府の成立を予想してみる、なるほど」
更に第四条件にうつろうとする時、横合いから口を出し石井権堂というのが、
「その科学的とやら数学的とやらいうところを、もう一層細かく、単に徳川幕府以外の幕府が、成立とかなんとかの仮定条件では物足りない、徳川幕府に代る幕府が成立するとすれば、誰が代るか、それをひとつ具体的に言ってみてもらいたいな」
「まず、薩摩か」
「まず、長州か」
「毛利だろう」
「島津だろう」
この二つは動かない、誰も、それを上下したり、左右にしたりして見ることはするが、それ以外のものを加えて見ようとはしない。
そこで、この席には、薩州論と長州論との談論の枝が出て、その枝がかんじんの話題の幹よりも大きく、広くなりそうで、長と、薩と、徳川家との関係から、関ヶ原以来の歴史にまで遡《さかのぼ》ったり、人物はドチラにいる、いや薩が断然図抜けているという者もあれば、どうして長の方が粒が揃《そろ》っているというものがある、そういうことで談論が鋭化し、感情が昂進して、せっかくの科学的も、数学的もケシ飛んで、鉄拳が飛び兼ねまじき勢いでしたが、座長格の南条がようやく取りしずめて、
「してみると、徳川幕府倒れて、新たに将軍職を襲うものがありとすれば、これは薩州か、長州かのいずれかより起る、その判断には異議はないか」
「異議がないようだ」
「だが、ここになお一つの勢力、お公家《くげ》さんにもエライのがいるぞ、中山卿だの、三条殿、死んだ姉小路――岩倉――大名ばかりを
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