、追い払われた身は行くところがないじゃないか――お前、親切で送ってくれるのだから、親切ついでに、わしを送り込む宿所まで見つけてくれるのが、本当の親切だ」
「恐れ入りました、左様の御冗談をおっしゃらずに、どうか、お行先をおっしゃっていただきます、暁方とは申せ、まだ先が長うございます、どれ、この辺でひとつ提灯《ちょうちん》に火を入れさせていただきまして」
 轟の源松は、腰に下げていた小田原提灯を取り出して、燧《ひうち》をカチカチと切って、それに火を入れたのは、とある橋の袂《たもと》でありました。

         三十一

「ここは三条大橋でございます、この辺で、お宿許を教えていただかないことには、あとは東海道筋百二十二里……あ、提灯の蝋燭《ろうそく》も寿命が尽きたかい」
 せっかく火を入れた小田原提灯が、もう少し前から消滅してしまっている。送ってくれと頼んだわけでも、頼まれたわけでもないから、不平を言うべき筋はあり得ないのだが、京の町を、てんから無目的で際限なく引張り廻された日にはやりきれない。それを、相手方はむしろ気の毒とでも思ったか、素直に受入れて、
「では、芹沢《せりざわ》がところまで送ってもらおうか」
「芹沢様とおっしゃいますのは」
「芹沢鴨、いま名うての新撰組では隊長だ」
「ああ、その芹沢先生ならば……」
 轟の源松は、仰山らしく声を上げて、
「芹沢先生は、お気の毒なことに殺されました」
「殺《や》られたか」
「ええ、まことにお気の毒なことで、あの剛勇無双な先生でも、災難というものは致し方がございません」
「いったい、芹沢は誰に殺《や》られたのだ」
「それがその――隊の方の評判によりますると、長州の者だろうとのことでございますが、なあに、そうではございません。では何者だとお聞きになると困りますが、薩摩でも、長州でもございません、ちゃあんと犯人はわかっているのでございますが、申し上げられません」
「お梅はどうした」
「ああ、あの女は――美《い》い女でございましたが、芹沢先生と一緒に殺されましたよ」
「人の女房を奪ったのだそうだな」
「女房ではございませんそうで、菱屋太兵衛のお妾《めかけ》だそうです、太兵衛に代って掛金の催促に来たのを芹沢先生が、いやおういわさず、ものにされてしまったというが本当らしいのでございます――芹沢先生と、あの美い女と、二人寝ているとこ
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