、この落ち[#「落ち」に傍点]は、舞子たちにあんまり受けませんでした。というのは、かんじんの、釣がねえ[#「がねえ」に傍点]のねえは、江戸方面の訛《なま》りで、関西では同様の格に用いない。
そこで、まず御座つきは終った、それからあとが大変なのです。
十余人の舞子部隊に命令一下すると、「くすぐり合い」の乱闘がはじまったのは――
甲は乙、乙は甲の、丙は丁の、咽喉の下、脇の下、こめかみ、足のひら、全身のドコと嫌わずくすぐって、くすぐって、くすぐり立てる。甲からくすぐられた乙は、甲へやり返すと共に、丙の襲撃に備えなければならぬ。丙は乙に当ると共に、丁戊《ていぼ》の側面攻撃を防禦しなければならぬ。己《き》と戊《ぼ》とが張り合っている横合いから丁が差手をする。そう当ると庚《こう》と辛《しん》とが、間道づたいに奇襲を試みる。甲と丙とは、自分の身をすくめながら両面攻撃をやり出すと、丁と己とは、その後部背面を衝こうとする――いや、十余人が入り乱れて、くすぐり立て、くすぐり立て、その度毎に上げる喊声《かんせい》、叫撃、笑撃、怨撃は容易なものではない。千匹猿を啀《か》み合わせたように、キャッキャッと、目も当てられぬ乱軍であります。
御大将の村正どん、無論、総勢を引受けて、ひるまず応戦すると共に、折々奇兵を放って、道具外れの意外の進撃をするものですから、そのたびに抗議が出たり、復讐戦が行われたり、その揚句は計らずも聯合軍の結成を誘致してしまいました。唯一の大人、大人のくせに卑怯な振舞をする、乱軍の虚を狙《ねら》っては道具外れ、くすぐるべき急所でないところをくすぐるのは国際法に反している、こんな卑怯な大人からやっつけなければ、正しい戦争はできない、そういう不平が勃発して、そこで、同志討ちの戦闘が一時中止されて、聯合軍の成立を見ました。
「やっつけちゃいなさいよ」
「こんな卑怯な村正て、ありゃしない」
「油断してるところをね」
「ばかにしてるわよ」
「大人から、やっつけちゃいなさいよ」
「村正を切っちゃいなさいよ」
「打っておやりよ、くすぐるだけじゃ仕置にならないわ」
「癖が悪いわ」
「抓《つね》っておやりよ」
「こいつめ、こいつめ」
「村正のなまくらめ」
「のし[#「のし」に傍点]ちゃいなさいよ」
聯合軍が同盟して、激烈な包囲攻撃やら、爆弾投下まではじめたものですから、たまり兼ねた
前へ
次へ
全201ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング