然にも暴女王の前へ出現したばっかりに、可憐《かれん》な色男は逆に取って押えられてしまいました。幽霊が人間の手につかまって、じたばたして悲鳴をあげる醜態、見られたものではありません。一方、傲然として圧服的にのしかかる女王様――閑寂なる秋の夜が、人間性の争闘の血みどろな戦場に変りつつある。あまりの騒々しさに、
「大分お騒がしいことですね、もう夜が明けますよ」
衝立《ついたて》の後ろから、ぬっと面《おもて》を現わして、にたにたと笑っているのは、しょうづかの婆《ばば》に紛らわしいあの晩年の小野の小町の成れの果ての木像の精が、生きて抜け出して物を言っているのです。
十六
お銀様も小町にこうして出られてみると、さすがに面はゆいものがある、大いにテレて力が弛《ゆる》む隙を、得たりと振りもぎって前にのがれようとしたが、真三郎が何に怖れたか、急に方向を転じて、後ろへ逃げて、かえってお銀様の夜具の裾へ隠れるという窮態になってしまいました。
「あんまり弱い者いじめをしないがいいぜ、ことに女が男を脅迫するなんぞは、見て見いい図ではないぜ」
衝立の後ろから半身を現わして、二度目にこう
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