く、深々と旅寝の夜具に埋もれて所在のない寝姿を、われと我が身に輾転してみるお銀様でありました。
お銀様から迫られた色男の真三郎は、もじもじして一方に固まっていたが、急にふるえ上って、
「もし……念のために伺いますが、ここはあの吉田御殿とやらではございませぬかいのう」
「何を言っているのです、吉田がどうしました、御殿がどうしました、近江の国は長等山《ながらやま》の麓《ふもと》、長安寺の境内《けいだい》、小町塚の庵《いおり》がここなんですよ」
それが耳に入らないと見えて、真三郎は立ち上って、
「そうして、あなた様は、その吉田御殿におすまいになる千姫様ではござりますまいか、もしや……」
「まだ何か言っている、千姫がどうしたというのですよ」
お銀様自身が荒っぽく寝返りを打ったのは、身体《からだ》が熱く溶け出して来たようで、どうにもたまらなくなったからです。
「講釈に承りますると、参州の吉田御殿というお城の上の高い櫓《やぐら》から、千姫様が東海道を通る男という男をごらんになって、お気が向いた男はみんな召上げてお伽《とぎ》になさるということでござんす」
「そんな話もありましたね、そういう事実
前へ
次へ
全356ページ中85ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング