い先に、自分の名を名乗ってしまいました。

         十四

「こちらへお入りなさい」
 名乗りまでしかけて来られてみると、お銀様もぜひなく、こちらへ招じ入れないわけにはゆきません。招ぜられて二人は、辞することなく、するすると座敷へ通って程よく並んだと見ると、もう案内の婆やの姿は掻《か》き消されてしまって、行燈《あんどん》の下に、しょんぼりと坐っている男女の姿のみを見るのであります。
「夜分、こんなにおそく、恐れ入りましてございますが、七ツの鐘が六つ鳴りまして、あとのもう一つがこの世の聞納めの切ない末期《まつご》に立到りました故に、どうでもお訪ねを致さねば済まないことになりまして」
 二人はこう言って、行燈の下に、お銀様の前に向って、さめざめと泣くのでありました。
「まあ、何はともあれ、心を安めなくてはなりません、わたしで御相談に乗れますことか、どうか、そのことはわかりませんが、せっかくのことに、お話を伺うだけは伺って置きましょう」
 お銀様はこう、二人の気休めに言います。二人は、なげきのうちにもよろこびました。
「御親切のお言葉、何よりの力でございます、そうして、こんなに夜更
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