ますが、学問の方も大したお方で、和歌や文事《ふみごと》のほかに、易をごらんになりました」
「易というのは、あの身の上判断やなにかのことですか」
「はい、易経と申しまするものは、なかなか身の上判断などに使うべきものではない、貴い書物だとおっしゃりながら、それでも、町の人たちが困ってお頼みにおいでになる時などは、あの算木《さんぎ》筮竹《ぜいちく》で易を立てて、噛んで含めるように、ていねいにお諭《さと》しをしておやりになりましたものですから、それがために救われたものも多分にございました」
「易を立てて、身の上判断をして、それで暮しを立てていたのですか」
「いいえ、左様ではございません、お礼物《れいもつ》などは決してお受けになりませんでした、ただ人の気を休めるために筮竹を取るのだとおっしゃいました。お礼などをお受けにならないでも、立派に御身分のあるお方でございまして、大僧正様なども、どうかするとお見えになりましたが、大僧正様と易経のお話をなさいましたことを、わたくしは蔭ながら伺っていたことがございますが、その時におっしゃったお言葉と、身の上判断を頼みに来る人に向ってあそばす易経のお諭《さと》し
前へ 次へ
全356ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング