に静寂に返りました。
 そうすると、暫くあって、その毒竜の尾について、間隔は二三間を隔てて濫觴《らんしょう》のような形のものが二つ、あとになり、先になり、前なるは振向いて後ろなるを誘うが如く、後ろなるが先んじて前なるものに戯るるが如く、流れ流れて行くものを認めないわけにはゆきません。
「あれはポックリです――女物の、二十歳《はたち》前の女の子でなければ穿《は》きません」
 噛《か》んで吐き出すようにお角さんが言う。それが一層のまた凄味を物言わぬ一座の上に漂わせたと見えて、ちょっと目をそらす者さえあったが、憑《つ》かれたように、その行手を見据えているものも多かったのです。
 湖上はと見れば、その時、立てこめた一面の霧です。
 行手も霧、返るさも霧、ただその霧が明るいことだけは、霧の上に月がある余徳なのであって、この霧の中を迷わずに進み得るのは、船頭そのものの手練である。ところが、その多年の船頭そのものの手腕が怪しくなったと見えて、
「な、な、なんてだらしのねえ船扱いだ、おいおい、何とかしなければ正面衝突だよ、舟と舟とが、まともにぶっつかるよ、おい、その舟にゃ舟夫《せんどう》がいねえのか」
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