て、御殿の一間から琵琶の湖前をながめている。
 憤っているのは、お銀様ばかりではない。道庵というような出しゃばり者を別にしては、誰も彼もが、みんな憤っている――ように見える。およそ今の時勢に、笑ってなんぞいられる奴はない。
 お銀様が、これを深く憤っている時に、城下――御殿下とか、屋敷下とかいうよりは、ここからは城下といった方がふさわしい、胆吹御殿の城下がにわかに物騒がしくなりました。春照、弥高の里で、早鐘が鳴り出しました。
『一揆《いっき》が来るぞ!』
『百姓一揆が押して来たアー』
 どこからともなく響く号叫」
[#ここで字下げ終わり]

 これが大菩薩峠第十八巻「農奴の巻」の終りの一章でありました。
 お銀様はこの一室に納まって見ると、かなり閑雅で、小町の名を冒《おか》して恥かしからぬ古色もあるにはあります。床の間には掛軸があって、長押《なげし》には額面がある。書架があり、経机があって、一通りの調度がととのっている。茶の間には茶道具一式があり、行燈《あんどん》もあり、火鉢もある。お銀様が来ても、そこへ坐りさえすれば、あとはもう召使を呼ぶだけになっている。これはあながちこの女王様を迎
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