め去って、問題の大船も後ろに見るくらいに、急行をつづけているにかかわらず、舟の中の人は、年代を超越した悠長さで、時代と歴史とに向って感想を発しました。これはたしかに不破の関守氏に相違ありません。
 現に胆吹王国の総理であり、参謀総長を兼ねていたはずの不破の関守氏が、急に水上の人となり、早舟の急がせ方はこうも急調なるにかかわらず、語るところのものは頗《すこぶ》る悠長です。しからば、その相手となっているのは何人か。近ごろ近づきの青嵐居士と、不破の関守氏とは、よく話が合う、今日もその人を同行の、釣の脱線かと見るとそうではないのです。関守氏の相手に控えている人間は、決して青嵐居士のような饒舌家《じょうぜつか》ではない、あくまでも関守氏に喋《しゃべ》らせて、自分は、言語と態度を極度に惜しむかの如く、傲然《ごうぜん》として、それに聞きいるだけの姿勢にいる。しかも、不破の関守氏も御免を蒙《こうむ》って、一種風雅な檜笠をかぶっているが、これは日を避けんがための実用として容赦さるべきにかかわらず、前に対して彼の話を受入れているこの人は、最初から覆面の仕通しです。
 苟《いやし》くも人に対して正坐する時に
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