人物がある。あるには相違ないが、出頭の機会がない」
「今のところ誰々だ、旗本で目ざされている人らしい人は。人物らしい臭いのする奴は。少なくとも落日の徳川家を背負って立とうと、人も許し、自らも許すような奴が、一人や二人はありそうなものだなあ」
 神尾は投げ出したように、自暴的に言うけれども、今日のは自暴《やけ》の裏に、強烈な意地のようなものがひらめくを感ずる。
 こういう問いをかけられて、押しかけて来た二人の悪食家《あくじきか》も、おのずから切迫の真剣味につりこまれて、
「そうさなあ――今の旗本で、同じ徳川でも譜代大名は別物として、直参のうちで、人らしい人、人も許し、我も許そうというほどのものは――この時勢を重くとも軽くとも背負って立とうというほどの人物は――まあ、小栗又一《おぐりまたいち》か勝麟太郎、この二人あたりがそれだろうなあ」
「ナニ、小栗又一と、勝麟太郎、二人とも、それほどの人物か――」
「まあ、世間の評判はもっぱらそこにあるな。ところでこの二人がまた背中合せだから、やりきれないよ」
「どう背中合せだ」
「小栗は勝を好まず、勝は小栗に服しない、小栗は保守で、勝は進取――性格と主
前へ 次へ
全356ページ中281ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング