せてある。そうして置いて、一方には程近き町役人を叩き起して、
「御陵衛士の隊長が斬られている、伊東甲子太郎が殺されていると、高台寺へ向って知らせてやれ」
町役人は慄《ふる》え上った。殺したのはこのやからであるにきまっている。そうして、このやからは新撰組のほかの者でありようはずがない。
右の如くにして、伊東甲子太郎がせっかくの得意、これからという時、この途中にして殪《たお》れてしまいました。
五十
ところで、その晩のこと、月心院の屯所《とんしょ》の大きな火鉢を囲んで、伊東配下、御陵衛士隊の錚々《そうそう》たるもの、鈴木三樹三郎、篠原泰之進、藤堂平助、毛内《もうない》有之助、富山弥兵衛、加納道之助の面々が詰めきって、宵のうちから芸術談に花が咲いている。
話題に夢中になったこの時間、この連中にも、殺気が消えて、芸術心というものが集中する。
いったい、これらの人々には、勤王と言い、佐幕というようなイデオロギーよりは、芸術という魅力によって生き、これによって死んで悔いないというのが持味《もちあじ》なのです。
「芸術」というのは、徳川期に於ては「武術」に限ることであ
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