船を航海せしむることだけが駒井の目的の全部ではない。むしろ船は便宜の道具であって、求むるところは、何人にも掣肘《せいちゅう》せられざる、無人の処女地なのです。無人の処女地を求め得て、そこに新しい生活の根拠を創造することにあるのですから、航海も大切だが、それは途中のことに過ぎない。永遠にして根本的なのは植民である。少なくともこれらの人を、子孫までも安居楽業せしむる土地を選定しなければならぬ。そこに念に念を入れての研究と、研究から来る変化や転向が生じても、それは薄志弱行ということにはならないでしょう。
 北進を捨てて南進を取るとすれば、駒井の念頭に起る最初のものは、亜米利加《アメリカ》方面ということになるのは、当然の帰結でもあり、同時に当時の常識でもありました。
 ここには、北に対するつり合い上、南進という語を用うるけれども、亜米利加は必ずしも南とは言えない。むしろ東というべきが至当ではあるけれども、それは今の駒井の立場に於て、東でも、南でも、乃至《ないし》は西であっても、それはかまわない。船の現在の針路が北にあるのだから、それを翻して転換するとすれば、いったんは南へ向けるのが順序である。
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