しまっていたっけ、走餅はないかと聞いてみると、本家は大津浜の方へ引越したということで、とうとう名物の旨《うま》いのを食いそこねたが、ここでめぐり会ったのは有難い」
「どうぞ、たくさんおあがりになって」
「うまいなア」
「自慢でござんしてな」
「自慢はいいが、盗み食いはいけねえぞ、三公」
と不破の関守氏の言うこと、いささか刺《とげ》があったので、三公が仰山らしくあわてて、
「飛んでもねえ、盗み食いなんぞするんじゃございませんよ、ふ、ふ、ふ」
と含み笑いをしました。
「穏かでないぞ」
関守氏からたしなめられて、三公は、
「だって旦那、据膳《すえぜん》を食べたからといって、盗み食いとは言えますまい、ねえ、先様御持参の御馳走をいただく分には、罪にはならねえと思うんですが、どんなものでしょう、一つ御賞翫《ごしょうがん》なすってみていただきてえ」
と言ってにやにやしながら、関守氏にお盆の走餅をすすめます。
関守氏は、その走餅の箸を取らずに、いささかくすぐったいような面《かお》をしてながめているだけです。今、お盆をつき出してくれた女の子は、面を見ないから誰それとは言えないが、ここに群がっている丸
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