、早く行けと言ったが、三人ながら、源兵衛ひとりを置くを不便《ふびん》に思い、一緒に追いまくって一緒に逃げようと言ったら、
『お前さん方は怪我があっては悪いから、ぜひぜひ早く逃げろ』
とひたすらに言う故、おれが、源兵衛の刀が短いから、おれの刀を源兵衛に渡して、直ちに四人が大勢の中へ飛び込んだら、先の奴は、ばらばらと少しあとへ引っこんだはずみに、逃げ出して、ようよう浅草の雷門で三人一しょになり、吉原へ行ったが源兵衛が気遣《きづか》いだから、引戻して番場へ行って、飯を食おうと思って行ったら、源兵衛は、うちへ先へ帰って、玄関で酒を飲んでいたため三人は安心した。
それから源兵衛と、またまた一緒に八幡の前へ行って見たらば、たこ町の自身番へ大勢人が立っているから、そこへ行って聞いたら、八幡で大喧嘩があって、小揚《こあげ》の者をぶったが始まりで、小あげの者が二三十人、蔵前の仕事師が三十人で、相手を捕えんとして騒いだが、とうとう一人も押えずに逃がした、その上に、こちらは十八人ばかり手負いが出来た、今、外科が傷を縫っているというから、四人ながらうちへ帰って、おれは亀沢町へ帰ったが、あんなヒドいことはなかったよ。
刀は侍の大切のものだから、よく気をつけるものだが、刀は関の兼平《かねひら》だが、源兵衛へ貸した時、鍔元《つばもと》より三寸上って折れた、それから刀の目ききを稽古した。
この年、兄きと信州へ行ったが、十一月末には江戸へ帰った。源兵衛を師匠にして、喧嘩のけいこを毎日毎日したが、しまいには上手になった。
暮の十七日、浅草市へ例の連れで行ったが、その時、忠次郎が肩を斬られたが、衣類を厚く着た故、身へは少しも創《きず》がつかなかったが、着物は襦袢《じゅばん》まで切れた、その晩は知らずに寝たが、翌朝女が着物を炬燵《こたつ》へかけるとて見つけて、忠次郎の親父へそう言った故、おれも呼びによこしたから、番場へ行ったら忠之丞が、三人並べて、いろいろ意見を言ってくれた、以来は喧嘩をしまいという書附を取られた。この忠之丞という人は、至っていい人で、親類が、聖人のようだと皆々こわがった仁だ。
翌年正月、番場へ遊びに行ったら、新太郎が忠次郎と庭で剣術を遣《つか》っていたが、おれにも遣えと言う故、忠次郎とやったが、ひどく出合頭に胴を切られた、その時は気が遠くなった。それより二三度やったが、一本もぶつことができぬから口惜《くや》しかった。それから忠次郎に聞いて、団野へ弟子入りに行った。先の師匠からやかましく言ったが、かまわず置いた。
それから精を出して、早く上手になろうと思ってほかのことはかまわず稽古をしたが、翌年より伝受も二つもらった。それから、あんまり叩かれぬようになってからは、同流の稽古場へ毎日行ったが、大勢がよって来て、小吉、小吉と言うようになった。
他流へむやみと遣いに行ったら、その時分はまた剣術が今のようにはやらぬから、師匠が他流試合をやかましく言った。他流は勝負をめったにはしないから、みな下手が多くあった故、おのれが十八の歳、浅草の馬道、生政左衛門という一刀流の師匠がいたが、或る時、新太郎と忠次郎とおれと三人で行って、試合を言い入れたが、早速に承知した故、稽古場へ行って、その弟子とおれとやったが、初めてのこと故、一生懸命になってやったが、向うが下手でおれが勝った。それからだんだんやって、師匠と忠次郎に、政左衛門が体当りをされて、後ろの戸へ突き当てられて、雨戸が外れて仰のけに倒れたが、起きるところを続けて腹を打たれた。この日はそれきりで仕舞ったが、はじめに師匠が高慢をぬかしたが憎いから、帰りにはおれが玄関の名前の札を抜打ちにして持って帰った。それから方々へ行きあばれた。馬喰町の山口宗馬がところへ、神尾、深津、高浜、おれ四人で行って試合を言いこんだら、上へ通して、宗馬が高慢をぬかした故、試合をしようと言ったら、今晩は御免下され、重ねて来いと言った故、帰りがけに入口ののれん[#「のれん」に傍点]を高浜が刀で切裂いて、室へ抛《ほう》りこんで帰った。それから同流の下谷あたり、浅草本所ともに他流試合をするものは、みんなおれがさしずを受けたから、二尺九寸の刀をさして先生づらをしていたが、だんだんと井上伝兵衛先生が、その頃は門人多く、重立った奴等、皆おれが配下同然になり、藤川鴨八郎門人赤石郡司兵衛が弟子団野は言うに及ばず切従い、諸方へ他流に行ったが、運よく皆よかった。他流は中興まずおれがはじめだ。
十八の歳、また信州へ行った。
それからけん見[#「けん見」に傍点]に諸所へ行った。そのうち、江戸でおふくろが死んだと知らせて来たから、御用を仕舞って、江戸へ来る道で、信州の追分で、夕方、五分月代《ごぶさかやき》の野郎が、馬方の蔭にはいって下にいたが、兄貴が見つけておれに
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