く大物をくわえたがるものです、石部《いしべ》の宿《やど》のお半さんがいい見せしめです、長右衛門さんという人は、何をどうといったエラ物でも大物でもなかったようですが、年上なんでしょう。いったいどちらにしても、年上と恋をするというのがこの上もなくマセた人種なんですよ、年上にダマされて担《かつ》がれたというんじゃないですね、年上の奴でないと食い足りない助平が、つまり、女にも男にも強いから起ることなんで、だいたい、女は男よりも幾つか年下という世間のお約束を破らないとたんのうができない、まあいわば色気ちがいに近い方なんですから、年増の女に捲かれる男はかえって図々しいんです、年上の男を相手にする小娘こそ、こまっちゃくれて憎らしいもんです。見ていてごらんなさい、この娘っ子のくわえて来たのは相当大物ですからね。大物でなければ、キッと年上の男なんですよ。ことによると、白髪《しらが》まじりの重役なんぞをくわえて来ているかも知れません、そんなのが好きな娘なんですよ、相当大物をつかまえて来て、むりやりに水の中へ引張りこんだんですね。
ええ、女が働きかけたんですとも。分別盛りの男が、自分から、小娘を相手に心中なんかする気になるものですか、みんな女が知恵をつけるんです、女が誘惑してそうさせるのです。長右衛門だって、長右衛門がお半を口説《くど》いたと思うは大間違い、お半の方で、長右衛門さんに持ちかけてああなったんです、お半の方が、長右衛門に惚《ほ》れきっていたんですよ。
好者《すきもの》となってみると、お雛様《ひなさま》の飯事《ままごと》のようなことばっかりしていたんでは納まらない、そういう図々しいことをしてみたがるんです。それでお半はお半としてわかっているが、相手の長右衛門という奴の面《かお》が見てやりたい、やいの、やいのと、小娘から首っ玉へかじりつかれて、いい気になって水の中へ引っぱり込まれたおめでたい野郎の面が見てやりたいもんですね――
お角は、伊太夫に向って、この心中から身投げの一伍一什《いちぶしじゅう》を見て来たように話がはずんで、ひとり昂奮の程度にまで上るのは不思議なくらいでしたが、それにつり込まれでもしたように、座持の一人の取巻――伊太夫に光悦屋敷を買え買えとたいこを叩いていた取巻の一人が、膝を乗出して、おあと交代と差出ました。
五
「いや、御尤《ごもっと》もでございますよ、太夫元さま、そのお見立ては、さすがに勘所《かんどころ》でございます、実は、わたくしも先年、まざまざと心中者の最期を見届けた覚えがございますんで、いま思い出しても変な気分になりますが、それは、いま太夫元さんのお話とは違いまして、年頃寝頃という頃合いの女夫仲《めおとなか》でござんしてな、ところはやはり大津の浜辺、御存じの吾嬬川《あづまがわ》の石場の浜へ打上げられたのが、しっかりと抱き合った美しい年頃の心中者」
こう語り出でたのが、幾分か今までの凄味を消して、なんとなく艶《つや》っぽいような、物の哀れを添えることになりました。
「へえ、お前さんも、その心中者を実見したんだね」
「へへ、たしかにこの眼で、まざまざと見せつけられてしまいましたが、ただいま太夫元さんのおっしゃる通り、最初に見つけたのが、たしなみのある人でよかったんです、もう少し事が遅かろうものなら、仲仕の人足たちに見られてしまうところでした。そいつらがドヤドヤと来て、見せろ見せろと言って、死体へ押迫って、いきなり天秤棒で女の裾《すそ》をまくり出しましたから、わたしたちが驚いて差留めたのです。蔵屋敷の衆がまず見つけたからいいようなものの、あの稼《かせ》ぎ屋連に最初見つかった日にゃ、今おっしゃる女の体面のみじめさが思いやられますでな、つくづく太夫元のお言葉が思い当りました。男も勿論そうですが、女子《おなご》というものは、心中の一つもしてみようという女子は、その何をさし置いても帯を大切にすることですね。あとで聞きますと、あの時の女子さんも、その辺には充分のたしなみがありまして、もし、そんなふうに死骸に加えられる狼藉がありましても、立派に保護の用意が出来ていたと聞きましたから、ひとごとでないように安心を致して見ました。いや、思い出しますよ、あの時の男女は惜しい花ざかりでした。聞いてみると、思い詰った事情も、色恋ばかりではないのだそうで、男は京都の者、女は伊勢の亀山――いいなずけ同士の親類仲とかいうことでございました」
取巻が、別に心中物語をはじめたので、お角さんが楔《くさび》を入れて、
「死にたいものを死ぬなとは言わないが、死ぬんなら死恥をさらさないようにして死なせたい、およそ、心中の死にぞこないぐらい、みじめなものはありませんからね」
「ところが、その時の心中が、あとで聞きますと、その死にぞ
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