「高台寺の屯所《とんしょ》へ帰るのか」
「そうだ、そうだ」
「そうして、今頃まで、どこで何をしていた」
と山崎から推問されると、斎藤と呼ばれた壮士は、提灯を持ったまま橋の真中に踏みとどまり、
「七条の醒《さめ》ヶ井《い》の近藤勇のところへ招かれて行ったのだ」
「近藤のところへか――そうして、連れは誰だ」
 連れはだれだと山崎から問いかけられて、思い出したように振返って見ると、もうその先導して来た一人は橋の上にいない。
「おや」
と思って見直すと、提灯持をそこに置きはなして、自分はもう前へ進んで、橋の詰の方へ酔歩蹣跚《すいほまんさん》として行く姿が見える。その主《ぬし》も酔っているが、提灯の斎藤も少なからず酔っている。同行のものを遣《や》り過ごしてしまっても、自分はまだいい気で橋上に踏みとどまって山崎と話し込んでいる。山崎もまた、いい気で問いをかけている。
「連れのあれは誰だ」
 その後ろ影を見やって、斎藤にたずねると、斎藤が高く笑って、
「君も知ってるだろう、伊東だよ、伊東甲子太郎だよ」
「ははあ、あれが伊東だったか」
「今は、伊東は大将なんだぜ、御陵衛士隊長と出格して、新撰組の近藤と対立の勢いになったのだ」
「そうか、そうして君はいったい、どっちに属するのだ、新撰組か、御陵衛士隊か」
 山崎から訊問《じんもん》のように言われて、斎藤は、
「拙者か――拙者はもとより新撰組、だが目下は、都合があって御陵衛士隊に寓《ぐう》している」
「二股者《ふたまたもの》――」
と山崎から一喝《いっかつ》されたが斎藤、なかなかひるまない。
「いいや、二股ではない、昨日は新撰組にいたが、今日は御陵組だ、昨日は昨日、今日は今日、朝《あした》には佐幕となり、夕《ゆうべ》には勤王となる、紛々たる軽薄、何の数うることを須《もち》いん――」
 斎藤の語尾が吟声になったが、直ちに真面目に返って、山崎の耳に口を寄せると、
「近藤隊長の命で、御陵衛士隊へ間者に入ってるんだよ、僕が――伊東をはじめ高台寺の現状を、味方と見せて偵察し、巧みに近藤方に通知するのが拙者の任務だ」
「そうか」
 山崎も納得したらしい。この斎藤というのは名を一《はじめ》と言い、藤堂平助と共に、江戸以来、近藤方の腹心であったが、今度は藤堂と相携えて御陵隊へ馳《は》せ加わってしまった。藤堂の方は新撰組に何か不平があってしたのだから、
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