も、残心も、さらに必要がなくて、ややもすれば同行同向のなつかしみがにじみ出でて来る。竜之助は全く打ちとけた心になって、かえってこちらから隔てなく話しかけるような気分になりました。
「その後、拙者は身世《しんせい》の数奇《さっき》というやつで、有為転変《ういてんぺん》の行路を極めたが、天下の大勢というものにはトンと暗い、京都はどうなっている、江戸はどうだ、それから、君の故郷の薩摩や、長州の近頃の雲行きはどうなっている、知っているなら話してくれないか」
「うむ、僕もよくは知らんが、君よりは一日の長があるか知れん、知っているだけ物語って聞かそう。まず、君にも何かと縁故の深い壬生《みぶ》の新撰組だな」
「うむ――どうだい、あれは」
「近藤勇がこれを率いて、土方《ひじかた》がそれを助けている、今の新撰組はことごとく近藤によって統制されている、新撰組の近藤ではない、近藤の新撰組だ、いや新撰組の近藤というよりも京都の近藤だ、京都の近藤というよりも、近藤あっての京都の町だ、近藤の威力は飛ぶ鳥を落し、泣く児もだまる」
「近藤勇――それほどの勢力となりおったかな」
「市中の威力は町奉行以上、守護職以上、脱走の大藩浪人共も、かれの前には猫のようで、彼を怖るること虎の如し、全くエライ勢いだよ」
「彼もたいした英雄でもなかろうが、時の勢いで、威がついたのだな」
「たいした英雄ではないかも知らんが、たいした勇敢だ、是非名分はトニカクとして、あれだけの勇気ある奴はない、あれだけの決断のある奴はない、勢いの帰するところ、必ずしも偶然とのみは言えないのだ。そもそも彼が今日の威力を得たことも、必ずしも蛮勇と僥倖《ぎょうこう》とのみは言えない――ドコかに一片の至誠の人を打つものがあり、多少ともに人を御する頭梁《とうりょう》の器《うつわ》があればのことだ。彼の今日に至るまでには、血の歴史がある。血の歴史と言ったところで、人を斬って見るその血のことのみを言うのではない、自分の精神的にだ。精神的に、血涙を呑むの苦闘を嘗《な》め来《きた》った、それを言うのだ。近藤を蛮勇一辺の男とのみ見る人は、その胸臆をよく知らないものだよ、彼は珍しく純なところのある血性の男児で、憎むことを知る男だよ。彼にこの血性の有する限り、血の歴史はまだまだ続くよ」
斯様《かよう》に語り来った新兵衛の言葉には、幾分なりと近藤に対する同情が
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