いかげんで馬上から飛び下りて、一行と共に談笑しながら徒歩立《かちだ》ちになるという行進ぶりです。
 やがて、相当の時を費しての後に、春照村の火の見のところまで一行が到着すると、その程よきところへ、約二百俵ばかりの米を積み上げさせ、別に盤台にのせて夥《おびただ》しい緡銭《さしぜに》を積み上げさせました。金額としてはそう驚くほどではないにしても、銭に換えてこうして積み上げると、田舎《いなか》の者の眼を驚かすに足るほどの夥しさでした。
「さあ、これでよろしい、あとに残るものは五人だけでよろしい、他の一同はこのまま山へ引上げたり。そうして、平常通りに持場持場で仕事をしていること」
 青嵐居士はこう言って、一行の大部分を館《やかた》へ帰らせてしまい、右の銭と米とは、五人の若い者を選抜して張番をさせ、自分はそのまま馬に乗って、いずれの方向へか打たせて行きました。

         二十八

 ゆくりなくも、青嵐居士から駒井甚三郎のことが口に出たのを機会として、あの人及びその周囲の一行の消息に向って筆を転ずることに致します。
 読者の便宜のためというよりは、書く人の記憶の集中のために、まず地点を陸中の国、釜石の港に置きましょう。人間のことを語るには、まず地理を調べてかかるのが本格です。陸中の釜石の港に、今、駒井甚三郎の無名丸が碇泊している。この船が陸前の松島湾の月ノ浦を出てから四日目、とにかく、船は安全に北上して、釜石の港まで到着することができました。
 駒井甚三郎の無名丸は八十|噸《トン》、六十馬力の、駒井独創の和洋折衷形なのであります。人間で言えば五十人の人を乗せるに適している。無論、機関の設備はあるが、それは港を出る時と、港に入る時の少し以前だけに石炭を使用することにして、大海に出てからは、帆前の風力を利用することになっている。大砲も一門あって、その他の武器も護船用だけのものは備えている。農具工具も着陸早々の実用だけのものは備えている。
 さてその次には、この船の中に現在乗込の船員と船客の全部についてなのですが、無論この船に於ては、船員すなわち船客なのでありますから、人と名のつくものの全体を言えば、すなわちこの全船の人別がわかるのです。これは、いつぞや清澄の茂太郎が、出鱈目《でたらめ》の歌にうたわれ出たことがある。よって便宜のために、あのでたらめ[#「でたらめ」に傍点]を
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