見届けられる限り見届けて、深入りをする必要はないぞ、通りいっぺんでよろしいからそれを偵察しながら胆吹山まで行ってもらうのだ。その他、何に限らず、途中で眼の届く限りは見届けるがよろしい、たとえば、一揆《いっき》の首を振っているのはどんな人物で、役人たちが一揆の食止めの手配、そんなこともわかればわかるだけ見て置いて、そうして胆吹山まで、なるべく早く到着してもらいたい。見るには、いくら細かに見てもいいが、深入りは断じていけない」
「合点でございます、つっ走るだけの御用なら、当時、がん[#「がん」に傍点]ちゃんに限りますよ」
と、がんりき[#「がんりき」に傍点]の百蔵は、いささか鼻を白《しら》ませてせせら笑いました。
字を書けの、歌を詠《よ》めのと言われては、がん[#「がん」に傍点]ちゃんもいささか凹《へこ》むだろうが、歩けと言われる分には本職です。それを特に鼻にかけてせせら笑ったのは、せっかくがん[#「がん」に傍点]ちゃんを見立てた御用としてはおやすきに過ぐると軽蔑したわけではないので、実はこの使命の中には、相当危険状態が含まれていることを、がんりき[#「がんりき」に傍点]はいささか予想したものですから、それで、われと我が身をせせら笑ってみたもので、不破の関守氏にはどうもその内容がよくわからないから、
「何事にせよ、事を侮《あなど》ってかかってはいかん、この時節だから用心はドコまでも用心をして……」
関守氏から本格的に戒められて、がんりき[#「がんりき」に傍点]がまたテレました。がんりき[#「がんりき」に傍点]がたった今、危険状態を予想してせせら笑ったというのは、それは、自分が兇状持ちだという思い入れがあったからです。しかし、この野郎の兇状持ちは今に始まったことでない、海道という海道を食い詰めている金箔附きなので、いまさら、無宿を鼻にかけてみたってはじまらないのであるが、ごく最近に於て、このコースで生新しい負傷をしている、指のことは問題外としても、草津の宿で、轟《とどろき》の源松《げんまつ》という腕利《うでき》きの岡っ引に少々|胆《きも》を冷やされているところがある。お角さんの厠《かわや》まで逃げ込み、なおまた大谷風呂の風呂番にまで窮命させられているのは、つまりその祟《たた》りである。そのことを思い出してみると、自分ながらくすぐったいから、それで、おのずから鼻が白まざ
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