の苦ありということになりますな、農民は倒《さかさ》にブラ下がっているより仕方がないというわけですな」
「なんにしても、ちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]律はよくありませんな、行動の自由、移住の自由を奪うということはよくありませんな。民に移住されると、領土を耕す人がなくなる、自然、領主がやりきれなくなる、という結果が怖い、移住されることがそれほど苦しければ、民を優遇するに越したことはないではないか、優遇というのが為し難ければ、人間が住めるだけのようにしてやる責任が領主にはあるでしょう、罪人ならざるものを、一定の土地に監禁して、動く勿《なか》れと命ずるのは悲惨ですね」
「あらゆる農民いじめのうちに、このちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]律が最も不合理だと思います。最近です、湖岸の町々村々にも、このちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]律の制札が出ましたのをごらんになりましたか」
「私も、ちょっと見かけました」
「あの文言をお読みになりましたか」
「一読いたしました」
 ここで、二人の問答にかかって、見たか、読んだかの問題に上っているちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]律の制札なるものは、
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