さすがの名捕方に空を掴《つか》ませて、身を翻したそのすばしっこさ。同時に摺《す》り抜けて走るその足の迅《はや》いこと――ここに至って、只のむじな[#「むじな」に傍点]でないことの面目が、群集をあっ! と言わせる。

         八

 とりにがした、名捕方の轟の源松は歯噛みをしました。事実、こんなはずではなかった。有無《うむ》を言わさず引括《ひっくく》り上げるつもりであったが、相手を甘く見すぎたのか。そうではない、相手が全く意表に出でたからである。意表に出でたといっても、およそ悪いことをするような奴は、いつでも人の意表に出でなければ立行かない商売なのだから、人の思うような壺にばかりはま[#「はま」に傍点]っていた日には、悪党商売は成り立たないのだから、そういうやからを相手に一枚上を行かなければならない捕方連が、不用意とは言いながら、そう甘い手を用いたはずはないのに、ことに先頃は、ここに見る宇治山田の米友をすら、あのめざましい活劇の下に、最後の鉤縄《かぎなわ》を相手の裾に打込んで首尾よくからめ取ったほどの腕利きが、ここでこんなに無雑作にカスを食わされるとは、気が利かな過ぎるという
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