ゃない、今さらそんな忠義面をするほど、おれは本来、利口に出来ていないのだ、徳川のために死ぬのじゃない、薩長共が憎いから死ぬというわけでもない、神尾は神尾として、曲りなりにも――曲りなりなんというと、曲らないところもあるように受取れそうだが、おれが今までの生活で、どこに曲らないところがある、曲り切って、それを押通してここまで生きて来たのも、生かされて来たのも、煎じつめると、江戸勢力下なればこそのことだ、つぶれても、倒れても、旗本の沽券《こけん》がものを言えばこそのことだ、おれは外藩の又者共が、のさばり返る世の中に生きちゃいられねえ、忠義じゃない、意地だ、徳川のために死ぬんじゃない、神尾主膳の面目のために死ぬんだ、立派に死ぬよ!
神尾の頭の中は、その覚悟で一杯になりきっている。それとは知らず鐚は、今日は珍しく、神尾が自分の名案にケチをつけず、一も二もなく賛成してくれることに有頂天になり、お安いところで一刻も早くこの名案に目鼻をつけて、江戸中をあっ! と言わせなければならないと、夢中になって、芸娼院のことを考えている、その徹底的に恥のない生き方を見ると、神尾も苦笑せざるを得ない。国家興亡の際に、芸娼院の設立を目論《もくろ》んで、有頂天になっている。
人生、鐚となって生きるか?
神尾となって死ぬるか?
それだけの問題だよ……神尾は嘲笑しながら嘯《うそぶ》きました。
九十一
尾張名古屋城下第一の美人とうたわれた銀杏加藤《ぎんなんかとう》の奥方と、その弟|伊都丸《いつまる》と、岡崎藩の美少年|梶川与之助《かじかわよのすけ》のその後の物語が、久しく打絶えておりました。
その記憶をよみがえらせるために、読者諸君は大菩薩峠の「年魚市《あいち》の巻」から「不破の関の巻」あたりをもう一度読み返していただきたい。
名古屋の城の見えるところを立去りたくないという姉と、肥後の熊本へ帰りたいという弟との意向の相違が、病める弟のいじらしさに引かされて、姉なる銀杏加藤の奥方は、ついに主従引具して、尾張の清洲の山吹御殿から、肥後の熊本へ向けて出立することになりました。
やむを得ざる武士道の意気地から人を斬って、三州岡崎城下を立退くことになった、伊都丸の友なる美少年梶川与之助もまた、この姉弟に加わって九州へ身を避けようとして旅立って、それがお銀様、お角、宇治山田の米
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