生意気を憤った。隠亡風情にまで見くびられる徳川の末世を憤った。いかに末世とは言いながら、人間の数に入り難き非人共が、人に聞かれぬところとはいえ、あの無礼極まる雑言、冒涜《ぼうとく》、非倫のほざき方はどうだ。かつまた、わが旗本に加えたあの極度の侮辱の言動はどうだ。八万枚の干物が出来る、長州にやられる、薩摩にやられる――今や江戸と旗本は、天下に見くびられものの見本となっている。
 神尾は、隠亡風情の侮辱を、火のようになって憤ったが、その鬱憤を吹っかけるに相手がなかった、酒がなかった。
 そのまま、紛々乱々として、辛うじて眠りについて今朝になってみると、酒の気が抜けていたせいか、変に気が弱くなっている。弱くなったのではない、考えさせられるものがあって頭が重いのだ。
 事実、果して今の徳川の天下は、あいつら隠亡共が、骨ヶ原の一角から見たような世相になっているのかしら――おれは時事問題などに頓着はない、なあに、三百年来の徳川だ、神祖の威光を以て天下を預っている徳川だ、西国方の大小名どもが束になってかかろうとも、歯が立つものか、蟷螂《とうろう》の斧《おの》だ、いざとなれば旗本八万騎が物を言う、痩《や》せても枯れても三百年来の江戸だ――今日までタカをくくっていたのだが、時勢が、事実そんなに急激に変動して来たのか。
 徳川を倒して、第二の幕府を作るものは薩摩だと、あの隠亡《おんぼう》らまでが取沙汰《とりざた》している。薩摩でなければ長州だと、相場がきまったようなことを、あいつらまで言っている。事実はほんとうにそこまで行っているのか。
 事実、そういう場合になったとしたら、おれはどうなるのだ、おれは先祖以来の家格を棒に振ってはいるけれども、それでもこうしてのさばって生きていられるのは、江戸というものがあればこそだ、甲府勝手にも廻されたし、知行所へ押込め隠居にもさせられたが、結局、江戸という後ろだてと家格があればこそ、こうして自堕落にものさばっておられるが、万一、江戸が灰となった日には、どこへ行って、どうして生きるのだ。
 神尾主膳は、それを今、考えさせられているために枕が上らないので、およそ神尾として、今日まで、さきからさきを考えて生活したというようなことはない。それが珍しく将来の生き方について考えさせられているために、頭が重いのです。
 ずいぶん長い間、こういう姿勢を以て、身動きも
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