らかに掘りふくらめといてやるぜ」
と、ひにん[#「ひにん」に傍点]が小声で戯れに晒し者に言いかけました。
 それを聞いていい心持がするはずはない。新聞紙上には、議会が自らの墓穴を掘る、というようなことがよく出ているけれど、文字として無雑作《むぞうさ》に扱う分には何でもないが、墓穴というものを目の前で掘られる心持は決していい心持のするものではあるまい。
 米友は、それを黙って聞き流しました。あえて一言のタンカを切るでもなく、むじつ[#「むじつ」に傍点]を訴えるでもない。明日は、この穴の中へ、自分の素首《そっくび》が斬り落されて、文字通り身首ところを異にする運命をまざまざと見せつけられながら、米友は何も言わない。
 非人が二人で、三尺立方の穴を、ほとんど掘り上げてしまった時分に、通りに林立している見物の群集の中に、
「あっ!」
と思わず口へ手を当てて、面《かお》の色を変えてこの「晒し」を見直したものがありました。

         六

 この男はキリリとした旅慣れたいでたちで、三度笠をいただいていたが、人混みにまぎれて物好き半分、この「晒し者」を一見すると卒倒するばかりに気色ばんだが、やや落着いて、
「どうしたというんです、ありゃあ」
 そっと、ささやくように、傍らの人に問いかけたものです。
「ちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]者ですよ」
「ちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]てのは……」
「つまり、百姓|一揆《いっき》でござんすな」
「あれがですか、あの男が百姓一揆なんですかね」
「へえ、あれ一人が百姓一揆というわけじゃあございませんな――やっぱり一味ととう[#「ととう」に傍点]の一人なんでしてな」
「あれが……」
「左様でござんす、一味ととうのうちでも、ちょうさん[#「ちょうさん」に傍点]を企てた最も罪の重い奴ですから、それであの通り、『晒し』にかかりました、明日あたりは打首という段取りでござんしょう」
「冗談じゃあない――あれが、あの男が、この土地の百姓なんですか」
「そうですなア、さればこそ、ああして『晒し』にかけられるんでげさあ」
「嘘をお言いなさんな」
 あわただしい旅の男が、問答者を相手に気色《けしき》ばんで、
「嘘をおっしゃるな、ありゃあ、この土地の者じゃありませんぜ、あの男は、この国の百姓じゃござんせんぜ」
「でも農奴《のうやっこ》と書いてござん
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