い方が手練の払い方でしたから、先方唯一の武器を中天遥かにハネ飛ばしてしまったことは、この男としては相当の技倆です。
ただ、その次の瞬間に、劇《はげ》しき一撃を食わせることもなく、無二無三に後退したのは、これは、たとえ無茶に打ってかかられたとは言い条、この相手は確かにお上役人としての役目の職権をもって来たものである――という見込みがついたから、抵抗しては悪いという遠慮で、そうして火の子を払うと共に、まず相手を痛めるよりは、身を全うするのが賢明だとさとったものでしょう。
ところがこうして、無雑作《むぞうさ》にすり抜けて後ろに走った米友が、ある程度でグッと詰って、それ以上は走れない。彼の跛足《びっこ》の足の一方に、早くも捕縄が蛇のように捲きつけられていたからです。
二百
こういう場合に於て、米友としては、いつも出様が悪いのです。本来ならば、身に覚えなき疑いをかけられた場合に、先方が職権として立向ったものと見込みがついたならば、一応は素直に捕われてしまいさえすればいいのですが、この男にはそれができない。
その素直になりきれない事情にも、また諒察《りょうさつ》すべきものがあるにはある。いったい、この男は、自分が世間から諒解されないことに慣れているが、誤解されることにも慣れている。自分は常に曲解されつつ生きているのだというような観念が、習い性となっているのです。弁解しても駄目だ! 人は自分の言うことを、単に正当として聞いてくれないのみではない、頭から自分を不正当なものとしてかかっている、だから捕まれば最後だ! という観念がいつも離れたことはないのです。
それも、この男としては無理もないことで、例えば、ほとんどその発端の時、間《あい》の山《やま》でのムク犬擁護のための乱闘の後でもそうです。相当逃げは逃げたが、とうとう捕まって、そうしてついに窃盗の罪を被《かぶ》せられてしまっている。単に暴力行為――暴力とは言えない、あくまで正当防衛の正力だとは自分で信じているけれども、仮りにも人を傷つけたという理由の下に、相当のお咎《とが》めを蒙《こうむ》る分には、これまた止むを得ないかも知れないと思っているが、人の物を盗るなんぞということは、以ての外だ、そのぬれぎぬを着せられたために処刑を受くるのでは、死んでも死にきれない。そこで、極力陳弁を試みたけれども、ついに
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