でさえも、これより以上に刃に衂《ちぬ》らせたくはないのだ。
 さりとて、夜の町を行くのに、ことさらに人の目に立つようにして歩く馬鹿はない。その点において、米友も、弥勒寺長屋以来、相当に心得たもので、その俊敏な小躯《しょうく》を、或いは軒の下、天水桶の蔭、辻の向う前、ひらりひらりと泳いで渡る机竜之助の如く、戸の透間から幻となって立ち出づる妖術(?)こそ知らないが、米友としても、天性の達人である、心得て歩きさえすれば、滅多なものに尻尾をつかまれるような歩き方はしない。それにしても近日の動静に徴して、町に於ても相当に警戒の試みられてあるべき晩なのに、存外穏か過ぎるのは、本来、商業地としての当地は、警戒ということが深ければ深いほど、空騒ぎをしない。内に於ては、戸を深く鎖し、役人、町内の自警団にしてからが、徒《いたず》らに手ぐすね引いて、目に見えない殺気そのものよりは、目に見える警戒ぶりに於て、かえって人気を聳動《しょうどう》せしめるような、心なき陣立てはしない。そこはさすがにその昔、太閤秀吉が鎮《しず》めて置いた土地柄とでもいうものか。ただ、時々の夜廻りは、水も洩らさぬように粛々と練って行く。それも極めて規則的であり、時間に於ても、ほとんど一定の節度がある。それを程よく、やり過しさえすれば、無人の境を歩くと同様な静けさの中を、米友は飛び歩いている。
 彼は、前の晩に犬の斬られたという大通寺の門前のあたりも、それと知らずして通り過しました。町から町、辻から辻、江戸に於て本所、深川、永代、両国を、はてもなくつけつ廻しつ、さまよい出した経験を有するこの男にとっては、長浜の町は甚《はなは》だ狭い。奥へつき進んだつもりで、かえって湖畔へ出たりしてしまいました。
 湖畔に立って、烟波浩渺《えんぱこうびょう》たる湖面の夜に触れると、そこにまた、この男特有の感傷に堪えられないものがあって、
「おい、琵琶を弾《ひ》く、めくらの、お喋《しゃべ》りの坊主やあーい、離れ島にたった一人で残された坊主――無事でいるか、やあい」
 こう言って、また慌《あわ》ただしく町の方へとって返して、前の如く軽快に、用心深く、深夜をあさってみたが、幾時かの後、町の辻の中央で、ぱったり足をとどめたかと思うと、急に飛び上って、地団駄を踏み、
「そうら見ろ、言わねえこっちゃあねえ」
 果して、果して、米友の睨《にら》みつけ
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