行の一座をよろこばせ、さんざんによきピクニックを楽しんで、そうして、また、唐崎浜に待たせてあった舟に乗って、大津へ戻って来ました。
その間、全く無事です。三ぴん、よた者、ばくち打、駄折助のたぐいは、影も形も見せなくなりました。
お角さんとしても、新撰組は大した魔除けだと考えずにはおられません。
宿へ帰って見ると、留守中に再三、使の者があって、お帰りになったら早々お目にかかりたいとのこと。
「誰だろう、道庵先生か知ら」
とお角が案じて、その置手紙を読ませてみると、
「おやおや、これは大変、甲州の大旦那がおいでになったんだよ」
甲州の大旦那とは、お銀様の父、藤原の伊太夫のことであります。
百八十二
宇治山田の米友は、当人の望みに任せて、弁信法師をひとり多景島に残して置いて、小舟をもとの長浜へ向けて漕ぎ戻しました。
その帰る路すがら、米友は、世間にはずいぶん変った小坊主もあればあるものだと思いました。御当人自身が、かなり変った人間であることを棚に置いて、弁信というものの存在が、いかにも奇妙に感ぜられてたまらないのです。
しかし、米友が、弁信を竹生島《ちくぶじま》へ導こうとして、誤って多景島へ漕ぎつけてしまったのは、もともと一片の義侠心といったようなものからの出発で、本来の目的でも、予定の行動でもありませんでした。
この男、本来の道程としては、道庵先生のお供兼用心棒として、江戸から中仙道を木曾にとって、上方のぼりをして、ここまで来たというのが本筋なのでありました。それが関ヶ原まで来て、お銀様のために無心され、道庵先生も退引《のっぴき》ならず、この唯一無二の用心棒を割愛して、お銀様の所望に任せたという次第ですが、道庵先生としても、米友を失うと同時に、お角さんを得まして、お角親方一行と、これから上方筋を同行することにして、お角は上の如く大津に宿って、わざわざ八景めぐりをしながら、胆吹山へ紛れこんだ道庵先生の来《きた》り会するのを待ち受けているという次第です。
そこで、米友は当分、お銀様の胆吹王国にいて、その事業の一部分を助ける、という役廻りから、長浜へ下りて来たこともこれで二度目です。最初の時は、新植民地に要する生活要品を買いととのえる荷駄《にだ》の宰領として頼まれて、明るく長浜へ下りて来ました。
今度のは、それと違って、一夜、机竜之助
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