でござる、貴殿の取調べを受けるために出頭したものではござらぬ、取調べの廉《かど》があらば会津侯へ申し伝えられい」
と言い捨てて、さっさと立帰ってしまった。
まもなく、内山彦次郎は、天神橋の袂《たもと》で、駕籠《かご》に乗って帰る途中を殺されてしまった。
何人といえども近藤勇に含まれることは、すなわち殺されることでありました。
百七十六
それと、もう一つ――京都の巨椋《おぐら》の池で、鳥を撃ったものがある。ここは伏見奉行の管轄で、御禁猟地になっている。いまだ曾《かつ》て何ものも、この辺で発砲を試みた無法者はない。果して、その禁猟の禁を破って鳥を撃ったものは、新撰組の手の者に相違ないという事実がわかった。
事実はわかったけれども、新撰組では仕方がない、全く相手が悪い――さりとて、捨てて置いては今後が思われる。そこで伏見奉行の与力で、横田内蔵允《よこたくらのすけ》という硬骨な役人があって、部下の同心に命じて、とうとう犯人として新撰組の一人、後藤大助という者を捕えさせて、厳重に次の如く申し渡した。
「この巨椋の池の御留場《おとめば》は、単に伏見奉行の意志で禁止しているのではござらぬぞ、畏《かしこ》くも禁裡または公儀へ、その折々の鳥類献納の御料地として、公儀より伏見奉行がお預りいたしている土地でござるぞ。その辺のことを御存じなき新撰組の方々でもござるまい、知って、而《しか》してわざとそれをなさるは言語道断である。守護職、並びに所司代へもお届けの上、屹度《きっと》処分いたす故、左様心得られたい」
この申渡しに対しては、新撰組といえども抗議の申しようがなく、同道者に於て種々申しわけをしてようやく一時釈放ということになったが、まもなく横田は、その邸内へ侵入した暴漢のために殺されてしまった。
警察と裁判の権威者に向ってさえこれである。国々の脱藩浮浪の徒の如きは、もとより眼中にない。池田屋騒動に於て、諸国浪士の精鋭を一網打尽し去ったことは誰も知っている。
ことに残忍|悽愴《せいそう》を極めたのは、山陵衛士に転向したいわゆる高台寺組に対する、彼等の復讐ぶりの徹底的なことであった――それを書いていると長い。
いずれにしても、新撰組の息のかかったものには、領主といえども、奉行といえども手がつけられない。
さりとて、彼等といえども、必ずしも残忍のために残
前へ
次へ
全276ページ中242ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング