に傍点]の全身をひっかぶってしまったものですから、一たまりもなく同体に落ちて、それからは二つが、組んずほぐれつより合わされて、なお低く転がり落ちて行ったが、幸いにしてとある灌木の木株のところへくると、そこにひっかかって漸く食いとまることができました。
「あッ!」
「あッ!」
と双方とも、まず、そこで食い止められたことによって、生命《いのち》に別条のないことを認識しつつ、ほっと安心の息をつくと共に、
「これはこれは、よたとん[#「よたとん」に傍点]先生ではござらぬか」
「いや、これは金十郎殿」
という面合せになりました。二人は痛い腰をさすりながら、まず以て生命に別条のなきことをよろこび、それから、金十郎が、
「これはまた、いかな儀でござる、よたとん[#「よたとん」に傍点]先生!」
たずねられて、よたとん[#「よたとん」に傍点]が、
「これこれ斯様《かよう》なる仕儀、無学|蒙昧《もうまい》の後輩を、故実の詮議によって教え遣《つか》わそうと致したところ、無法とや言わん、乱暴とや言わん……」
それを聞くと、こらえかねた金茶金十郎が、
「いで、その無学蒙昧なる若輩共、この金十郎が取って押えて目に物見せて遣わさん、いざ、案内《あない》さっせい!」
にわかに立ち上って、力足を踏み締めて、四明ヶ岳の上高く睨みつけました。
その形相《ぎょうそう》を見ると、よたとん[#「よたとん」に傍点]が、これはいけないとさとりました。さすがに、そこは老巧で、通人のことであるから、ここで金十郎を怒らして、三人の壮士に喧嘩をしかけさせては事重大とさとりましたのと、それから、自分の腰骨がたいそう痛むので、それらを便りにいきり立つ金十郎の出足をなるべく後《おく》れしめようと企《たく》らんだものです。
それがために、さすが勇気満々たる金十郎も、同行の先輩を振捨てて仕返しに行くというわけにもゆかず、空しく恨みを呑んで、よたとん[#「よたとん」に傍点]の介抱に当り、ついに、これを自分の背中に引っかけて、以前立小便をしていた地点あたりへ戻った時分には、もう四明ヶ岳の頂上に三人の壮士の影は見当りませんでした。
それを知って、よたとん[#「よたとん」に傍点]先生の腰の痛みもケロリと癒《なお》り、それから二人は引返して、根本中堂《こんぽんちゅうどう》の方から、扇《おうぎ》ヶ凹《くぼ》の方を下りにかかるのは、
前へ
次へ
全276ページ中230ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング