だけの胆勇ある奴はあるまい。山岡鉄太郎などをいやに賞《ほ》める奴があるが、要するに、あれは分別臭い利口者だよ、暴虎馮河《ぼうこひょうが》のできる男でもなければ、身を殺して仁を為せる男でもない。そこへ行くと、我輩はむしろ敵ながら近藤の蛮勇をとるよ。近藤や土方《ひじかた》は、討死のできる奴だが、勝や山岡を見てい給え、明哲保身とかなんとかで、うまく危ないところを切り抜けて、末始終は安全を計る輩《やから》だから見てい給え、我輩は、勝や山岡流の智勇よりは、近藤土方流の愚勇を取るよ――そうして、勝や山岡は、祖先以来禄を食《は》む幕臣だが、近藤、土方は、今いう通り幕府に養われた家の子ではないのだが、古来の坂東武者の面影は、寧《むし》ろああいうところに見る。本当に強い奴は旗本にはいない、田舎《いなか》にいる、武蔵相模の兵だけで、日本六十余州を相手として戦えると大楠公《だいなんこう》も保証している、その武蔵相模の土着の蛮勇の面影は、あの近藤、土方あたりに見られる! 幕臣は駄目だ」
 南条は、自分が親しく観察して来たところを、雄弁にぶちまけると、坂本も頷いて聞いていたが、
「それは近藤自身も言っているよ、『兵は東国に限り候』と手紙に書いてあるのを見たことがある。近藤あたりから見ると、さしも西国の浪士共でも食い足りない、甘いものだ――と見ている」
「そうだろう。だが、東国といっても、江戸という意味じゃない。そこへ行くと、近藤、土方を出した武州多摩郡の附近は一種異様な土地柄で、往古の坂東武者の気風が残っていて、そこへ武田の落武者だの、小田原北条の遺類だの、甘んじて徳川の政治に屈下することを潔しとせざる輩《やから》が土着し、帰農した、だから、どこの藩にも属していない、天領ということになっているが、他の天領とも趣を異にしている。いったい、徳川家康は、甲州武田を内心大いに尊重していたものだ、武田亡びて後、その遺臣を懐柔するために、千人同心というのを、その武州多摩郡の八王子宿に置いて、日光の番人だけをすればいいことにして置いた、そういうわけで、この辺の人気は藩によって訓練されていない、従って、人間に野性が多分に残っている――アクを抜かれ、骨を抜かれてしまった三河武士とは、全く別類型にいるのだ」
「なんにしても、近藤一人がこの都大路に頑張っていると、相当命知らずの天下の志士豪傑連が、オゾケをふるって
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