ぱいな感謝の心を見せてやることができようかと、奥様はその思いに悶《もだ》えました。でもさすがに、武家の奥様でございますから、厳格なところはどこまでも厳格でございました。質朴な若党は、主人の奥様に対して忠義を尽すことは、あたりまえのこととしか考えていなかったのですが――いつしか、この奥様の自分に頼りかたが、全く真剣であることを感じて、それが全く無理のないことと思いやった上に、自分もどうしても、もう他人でないような親身の思いに迫られて来るのです。
 さあ、長い月日の旅、この主従がいつまで主従の心でいられましょうか――二人のおさまりがどうなりますか。
 あなた、判断してみて頂戴よ。
 と、女がまたクルリと寝返って、兵馬の方に向いてニッコリと笑いかけました。

         百二十九

 長浜から、琵琶湖の湖面へ向って真一文字に、一隻の小舟が乗り出しました。
 舟の舳先《へさき》の部分に、抜からぬ面《かお》で座を構えているのが、盲法師《めくらほうし》の、お喋《しゃべ》り坊主の弁信であって、舟のこちらに、勢いよく櫓《ろ》を押しきっているのが、宇治山田の米友であります。
 これより先の一夜、胆吹《いぶき》の上平館から、机竜之助の影を追うて飛び出して来た宇治山田の米友が、長浜の町へ来てその姿を見失い、そうして、たずねあぐんだ末が湖岸の城跡に来て、残塁礎石《ざんるいそせき》の間に、一睡の夢を貪《むさぼ》っていた宇治山田の米友であります。
 胆吹の御殿から、胆吹の山上を往来していた弁信法師もまた、飄然《ひょうぜん》として山を出て、この長浜の地へ向って来たのです。
 米友がここへ来たのは、竜之助の影を追うて来たのであるが、弁信の来たのは、竹生島へ詣《もう》でんがためでありました。
 弁信法師が竹生島へ詣でんとの希望は、今日の故ではありません。
 彼は習い覚えた琵琶の秘伝の一曲を、生涯のうちに一度は竹生島の弁財天に奉納したい、というかねての希望を持っておりました。
 今日は幸い、その希望を果さんとして、これから舟を借りて湖面を渡ろうとして、長浜の町から臨湖の渡しをたずねて来たのですが、そこは、勘がいいと言っても盲目のことですから、湖と陸との方角は誤りませんでしたけれども、臨湖の渡しそのものが湖岸のいずれにありやということを、たずねわずろうて、そうして、ついこの湖岸の城跡のところまで来
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